あの先輩は、凄い。



滝夜叉丸達と分かれたおれと兵助くんは、火薬庫を爆破する準備をしながら話していた。
なんだか委員会の時みたいで気が緩みそうになるが、そんなことをすれば兵助くんが鬼になるので堪える。バレていそうだけど。

「でも大丈夫かなあ?」
「大丈夫だろ、伊達に四年も学んでないって」
「まあ、そうだけど……」

何分変装した二人は四年生の中でも特に自己主張が激しい。演技が出来るのか心配になるのも無理はないと思う。
苦笑するおれに兵助くんは溜息をついた。

「お前は心配し過ぎなんだよ。あいつらだって生半可な覚悟でここに来たわけじゃない」
「あ……そっか。そうだよね」

とんとんとここまで来たように思えたけれど、滝夜叉丸も三木ヱ門も喜八郎も守一郎もそれぞれ覚悟を決めて兵助くんに同行したんだ。
心配する後輩の顔から約束した先輩の顔になったところを見たのに、いつもの空気に戻りつつあったせいですっかり忘れていた。

「そんなことより今はこっちに集中。外に出るぞ」
「はいっ」

外に出ると、兵助くんはおれに下がるように言って導火線を手に取る。
怖さも美しさも便利さもある火薬。種類もたくさんあって、少しの火種で爆発するものもあれば蝋燭のようにぼんやり燃えて行くものもある。それを事細かに根気強く教えてくれたのは兵助くんだ。

「来るぞ」
「うん」

兵助くんの背中を見つめる。
おれより背も低くて華奢なのに、そのなんと頼もしいことか。
おれも頑張ろう、と前向きなことを考えたところで兵助くんの指示通り耳を塞ぐ。
瞬間、吹っ飛ばされそうな豪風と地響きのような轟音が鳴った。
何度体験しても慣れる気配がない轟音に耐えつつ前を見ると、兵助くんはいつも通り平然としている。……どうやらおれが兵助くんのようになれるのはまだまだ先の話らしい。

「曲者だ!」
「出合え出合え!」
「……来たね」
「行くか」

おれ達の役目は、滝達が先輩方を救い出すまで敵を引きつけること。
どれだけいるのか知らないけど、とりあえず敵の目をこっちに向ければ成功だ。
喜八郎の罠もあるし、あまり心配はしていないが。

「タカ」
「なに? くくちゃん」

いつものように話しかけられ、いつものように応える。
兵助くんが言うことはいつも同じだ。

「……すまない」

だから、おれもいつも通り応える。

「おれは、くくちゃんを手伝えて嬉しいよ」


――さあ、死合いの始まりだ。



委員会にはそれぞれ仕事がある。
例えば生物委員会は生物と薬草園の世話。保健委員会は生徒の手当てや薬の調合。
地味と言われようが、おれ達火薬委員会にも勿論仕事はある。
火薬の管理。それだけ聞くと楽そうだと言われるが、上級生の中に本気で軽視している生徒はいない。
火薬にはいろんな種類がある。火を付けなければ爆発しない火薬も、静電気だけで爆発するようなものも。種類も扱い方も全て把握し、兵助くんが責任者になってから一度も事故を起こしていないらしい。それはかなり凄いことなのだ。

「ふう……やっぱり強いねえ」
「ああ……まあ、想定内だがな」

そして、何もそれだけが仕事ではない。

「ぐあぁっ!」
「くっ、」

忍刀で静脈を掻き切り、心臓に突き刺す。横から襲い掛かってきた敵の手首を切り落とし、そのまま次の敵の盾にした。
後ろでは兵助くんが同じように戦っている。見ている余裕はない。
喜八郎の罠にかかった奴らを差し引いても、まだまだ人数は多い。


忍術学園の委員会には裏の仕事がある。

生物委員会ならば毒薬の実験や山に来た侵入者の始末。
保健委員会ならば検死や拷問、山に生える薬草の調査。
おれ達火薬委員会の仕事。
一つ、周囲の城の火薬の調査。
一つ、教師や先輩の任務の補佐。
一つ、学園の火薬を狙う者の偵察及び暗殺。
火薬は戦の要。学園に危機が訪れれば、おれ達は学園の要となる。最後まで守りきることがおれ達の使命。たった四人でも充分動けるように、兵助くんはおれ達を厳しく指導した。
弱音を吐く子は一人もいない。むしろ、誰よりも信頼する先輩の力になれることがどれだけ嬉しいことか。

「タカ、余計なことは考えるなよ」
「っ、くくちゃん、背中に目でもついてるの?」

手足を断ち、骨を断ち、命を断つ。
人を殺める罪悪感だとか、良心だとかはとっくに割り切っている。
「目の前の名も知らぬ敵に情けをかけるなら火薬の一つでも覚えろ」と叱責されたのは良い思い出だ。

「っ!」

忍刀が弾かれた。笑みを浮かべた敵に、容赦なく棒手裏剣を打ち込む。
足払いをかけ敵を倒し、苦無を突き立てる。振りかぶられた刀を弾くと、飛んできた忍刀が目の前の敵に刺さった。

「くくちゃん!」
「ぼやっとしてんな!」
「ごめん!」

鋏で人を傷つけた夜、「鋏を武器にしたくない」と兵助くんに相談したらくれた忍刀。
お陰で、忍刀の扱いだけは上達した。

「だいぶ少なくなってきたな」
「だよね、もう少しか。綾ちゃんの罠があって助かったね」
「本当にな。しかし……帰ったら豆腐献上させねえと割に合わん」
「今回はしてくれると思うよ」

背中合わせになり、他愛もない会話を口にする。兵助くんがどんな状態なのかは分からないが、お互い無傷ではないのは確か。
真っ赤に染まる視界の中でも兵助くんはいつも通りだ。
手足が震えた気がした。武者震いかもしれない。

「終わらせるぞ」
「了解」

短く言葉を交わし、駆け出す。

おれ達をナメるな。



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