あの先輩は、美しい。



久々知先輩の記憶の通り、ニセクロハツ城は本殿が高い塀と池に囲まれており侵入も脱出もし辛い構造になっていた。
ここに来るまでに何度か忍や侍の死体を見たから、今ニセクロハツ城の戦力はかなり削がれていると見ていいようだ。

「くくちゃんの読み通りだね」
「ああ、とりあえず手筈通りで良さそうだ」

タカ丸さんの言葉に先輩は僕を一瞥してくつりと笑う。無制限に罠を仕掛けられるのでワクワクしていることがバレているようだ。顔には出ていないつもりなのに。

「案外あっさり着いたな」

無表情でそう言いながら、久々知先輩は周囲に気を配る。最悪学園を攻め入ろうとしてくる忍隊と鉢合わせる想定もしていたが、見回りの忍どころか仕掛けすら無かった。
先輩方を捉えているから余裕があるのかもしれない。僕達が弱いと思われているようで少しムカつくが、それならそれで好都合だ。

「門番は二人か。行くぞタカ」
「はぁい」
「三木、万が一の時は頼む」
「はい」

城を囲むように造られた池堀には橋があり、そこを渡れば門番が二人。城内の櫓には見張りが一人視認出来る。
学年でも一番の俊敏性を持つ先輩とタカ丸さんが姿を消し、三木ヱ門が櫓の見張りにまだ火をつけていない火縄銃を構えた。

「なんっ……」

一瞬。
タカ丸さんが見えたと思ったら門番が二人とも倒れていた。そこに久々知先輩の姿は無い。隣に座る守一郎は、タカ丸さんの鮮やかな手つきに驚いているようだ。
タカ丸さんが門番達を縛りながら服を剥ぎ取っているのをぼんやり眺めていると、ふと柊の鳴き声が聞こえた気がした。

「――行くぞ」

どうやら櫓の見張りも倒せたらしい。
結局久々知先輩の姿は見つけられなかった。
三木ヱ門と滝夜叉丸が立ち上がるのを見て、一拍遅れて僕と守一郎も立ち上がる。みんな、緊張しているのが丸分かりだ。

「……お前達、緊張し過ぎだ。変装してもバレるぞ」

僕も同じような顔つきだったらしい。
櫓の見張りの服を持っている久々知先輩が苦笑しつつ戻ってきた。

「そんなこと言われましても……」
「まあ、こういうのは慣れだからな。けど、その顔では足軽くらいしか騙せないから気をつけろよ」

言いながら、タカ丸さんに持っていた服を渡す。気づけば、既に滝夜叉丸と三木ヱ門も門番の服を着て変装を終えていた。
さあ、急いで罠を仕掛けなければ。

「三人とも、気を付けてくださいね」
「お前達もな」

三木ヱ門と先輩の掛け合いを背に、穴を掘る。
あまり重い物は持ってこれなかったので、手鋤だけだ。
それでも掘りたい欲求のままに掘れるのはやはり良い。学園で掘れば食満先輩に怒られるし、裏山で掘れば竹谷先輩に怒られる。学園内で蛸壺を褒めてくれる先輩は立花先輩か七松先輩か久々知先輩くらいだ。

……立花先輩は無事だろうか。
藤内に報せるだけで医務室には寄れなかった。立花先輩を目にすれば、きっと傍に居たくなると思ったからだ。致命傷は無かったと仰られていたが、恐らく致命傷を避けて散々痛めつけられたということだろう。久々知先輩が僕に気を遣って言葉を選んだことくらい分かる。学園長先生とタカ丸さんくらいしか気づいていないだろうけど。
ああ、でもそんな姿は想像もしたくない。先輩の傷ついた姿を見て誰が喜ぶものか。
立花先輩が惨い姿になっていたら、僕は、



「――喜八郎」

幾つ目か分からない蛸壺を掘り進めていると、ふと上から聞こえた声に顔を上げた。

「っ」

月明かりに照らされた白い頬。
真っ黒で艶やかな髪。優しい声。
胸がひやりとした。

「綾? ぼうっとしていたようだがどうかしたか?」
「……いえ。もう終わりですか?」
「ああ、三人も戻ってきた」

差し出された手を握って蛸壺から出る。
先輩の言葉通り門番と見張りに扮した三人が戻ってきており、守一郎と何か話しているのが見えた。

「火薬庫と武器庫の場所も間違いは無かったようだ。他の見張りとも遭遇しなかったそうだから、やっぱり大分先輩方が片付けてくれていたらしいな」
「そうですか」

先輩方凄いなあとぼんやりとした感想を浮かべつつ、滝夜叉丸と三木ヱ門が言い合いになりそうな空気になっているので遮る。

「だからお前は」
「先輩、もう入っても良いんですよね?」

ぴたりと空気が止まり、二人して久々知先輩に視線を寄越す。
あまりにも息ぴったりだったからか、久々知先輩は少しだけ可笑しそうに笑いながら頷いた。

「ああ。……気を付けてな」


久々知先輩、変装を解いたタカ丸さんと分かれ、門番に扮したままの滝夜叉丸と三木ヱ門に捕まった振りをして城に入る。
滝夜叉丸と三木ヱ門の演技力が試される瞬間だ。誰も起きて来なければ万々歳だろうが、そういうわけにもいかない。

「……そろそろか」

守一郎が呟いた瞬間、城の外から響く轟音。振動が凄い。火薬庫ごと吹っ飛ぶと城の中でもこんなに威力が伝わるのか。
そして、今の音で城が目を覚ました。

「何事だ!」
「火事か!?」
「火薬庫の方だ!」

ざわつく城内。そんな喧騒に負けないように、滝夜叉丸と三木ヱ門も声を張り上げる。

「曲者だ! まだ残党がいたらしい! 火薬庫に火をつけられた!」
「何ぃ!? 学園の者か!?」
「我々はこいつらを牢に入れてから向かう! 急げ!」
「わ、分かった!」

あ、さりげなく無視した。
とは心の中だけで指摘しておき、足軽の後ろ姿に舌を出す。
滝夜叉丸と三木ヱ門の演技は下手ではなかったが、意識して低い声を出しているのだと思うと吹き出しそうで僕の方が危なかった。こういう時、演技するのは変装した人だけだと思っていたが甘かったようだ。

「綾、何ニヤニヤしてる。行くぞ」
「いや、滝と三木が面白くて」
「うるさい、バレてないから良いだろう。守一、行くぞ」
「お、おう」

足軽にはバレなかったが滝にはばれ、少しからかえば三木ヱ門が恥ずかしがって先に行ってしまった。まあどうせここから分かれるから良いのだが、一応後で謝っておこう。

「おい、そこの門番!」

びくりと滝夜叉丸の肩が跳ねる。
声をかけてきたのは足軽の一人だろう、慌てた様子でどたばたと走ってきた。

「ど、どうした?」
「ん? お前そんな声だったか?」
「こいつに少々喉をやられてな。それより曲者だ。火薬庫が爆破されたらしい」
「何!? 大変じゃねーか!」
「ああ早く行け、俺もこいつを連れて行ったらすぐ向かう!」
「分かった!」

慌しく走って行く足軽に、滝夜叉丸があからさまにほっと胸をなで下ろす。
声を指摘された時は冷やっとしたが、なんとか誤魔化せたようで良かった。

「行こう」

滝夜叉丸の言葉に、二人して自然と足が速くなる。急いで先輩方を助けなければ。早く終わらせなければ。

早く立花先輩の顔が見たい。



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