あの先輩は、動じない。



六年生と五年生の選抜チームが捕まったと立花先輩から報告があったらしい。
本人から直接それを聞いたのは久々知先輩だけであり、先輩は別任務の帰り際に大怪我を負っていた立花先輩を連れ帰られたのだそうだ。
立花先輩を連れ帰った久々知先輩は、立花先輩を新野先生に任せた後すぐに我々四年生に収集をかけた。立花先輩が心配だという喜八郎の心情も、初めて訪れた窮地に対する守一郎の戸惑いも、察してはいただろうが何も言わなかった。

「立花先輩はかなり憔悴しており、ニセクロハツ城で選抜チームが捉えられたということを私に伝えてすぐに意識を失いました。ニセクロハツ城の間取りは把握しておりますし、立花先輩により囚われている場所も検討がついております。必ず全員無事に生還させますので、四年生五名を同行させる許可を下さい」

学園長先生の庵で淡々とそれだけを仰り、久々知先輩は学園長先生に平伏した。先輩の後ろに座っている私達は顔には出さなかったが先輩の言葉に驚き、戸惑う。ニセクロハツ城はドクタケ城と同じくらいの距離にあり、この辺りでも危険だと有名な城だ。あの先輩方が捕まったというのも頷ける。そんな城……私達で大丈夫なのだろうか。
学園長先生は片眉を上げて先輩を一瞥し、同じく淡々とした口調で告げた。

「仙蔵は無事か?」
「……ええ。新野先生にお任せしましたが、直に意識も戻るでしょう」
「あの子達が生きている保証はあるのか?」
「ありません。しかし、立花先輩に致命傷が無かったので学園の生徒だと分かっていて捉えられた可能性が高いかと」

先輩の答えに、少しだけ体から力が抜けたのが自分でも分かる。恐らく他の四人もそうなのだろう、漂う空気が少しだけ軽くなった。
そんな私達をちらりと見て、学園長先生はいつも何かを思いついた時のように快活に笑む。

「よろしい。では今回の件はお前に任せよう、久々知兵助」
「……ありがとうございます」
「良い報告を、待っておるぞ」

久々知先輩はもう一度学園長先生に一礼して、戸惑う私達を連れて庵を出た。
正直こうもあっさりと先輩に任せられるとは思っていなかったし、久々知先輩が任せられるだけの腕があったとしても私達が同行しては足を引っ張るだけなのでは無いかという不安も浮かぶ。
前をすたすたと歩く先輩にどう声をかけようか悩んでいると、同じことを考えていたのか三木ヱ門が前を歩く先輩を見上げた。

「先輩、我々だけで大丈夫なのですか? 私達よりも他の五年生や六年生の方に頼まれた方が良いのでは……」

こいつに同意するのは癪だが、私もその通りだと思う。委員長や委員長代理の方々は選抜チームだが、六年生や五年生の戦力は何もその方々だけではない。私達よりも余程頼りになるのではないだろうか。
勿論、本音を言えば自分達で先輩方を救い出したいのは山々なのだが。

「いや……あいつらが囚われている今、ニセクロハツや他の城が学園を攻めてくる可能性が高い。五年生や六年生が丸々いなくなった方が危険なんだ」
「ですが、先輩方が捕まえられるようなニセクロハツ相手に私達では足を引っ張るのではないかと……」
「立花先輩は偽の情報を掴まされ、追い込まれたらしい」

思わず目を瞠る。
あの先輩方が偽物を見抜けなかったということは、かなり知謀に長けた城ということだろう。こちらが綿密に計画を練っても、欺けるかどうか。

「だが、今回向こうはこちらの情報を知らない。反対に、こちらは向こうの戦力も間取りまで把握済みだ」
「……立花先輩は間取りまで覚えていらしたのですか?」
「いや、囚われている場所は聞いたが、間取りは以前任務でニセクロハツに忍び込んだことがあってな。……恐らく、先輩方のお陰で向こうの戦力も大分削られている。かなりこちらが有利だよ。兵は拙速を尊ぶというし、情報を与える前に動こう」

先輩は、選抜チームの任務の内容まで理解していらっしゃるようだ。
振り返った先輩は能面のように無表情で、背筋が粟立つ。

「学園の方は委員会ごとで行動して貰うよ。他の委員会には伝えておくから、お前達は自分の後輩に伝えておけ。四半刻後、校門に集合だ」

先輩の指示通り、私達は真っ先に自分の後輩の元へ向かった。
もう子の刻を周り、眠ってしまっただろうと思っていた後輩達は意外にもまだ起きていた。どうやら喧騒を聞きつけたらしい。
手短に三之助に事の次第を説明する。

「私達は久々知先輩に同行する。……学園と後輩を任せるぞ」
「はい。……必ず、先輩方を……連れ帰って下さい」

滅多に見ることのない後輩達の引き締まった表情に、私の気も再び張り詰めた。
現状では無事なのかすら分からない先輩。
助け出してとは言わない、この後輩はどれだけ危うい状況か分かっているのだろう。

だが、あの先輩がそう簡単に死ぬような人でないことも分かっているだろう?

「必ず、全員で生きて帰ってくる」



「タカ丸さん」
「やあ、早かったねえ」

準備をして校門へ向かうと、いたのはタカ丸さんだけだった。すぐに三木ヱ門達も来たので、先輩を待つだけになる。
四年生が揃ったところで、タカ丸さんが懐から紙を出した。

「これ、兵助くんから。兵助くんが来るまでに覚えておけだって」
「城の見取り図ですか?」
「うん。おれはもう覚えたから良いよー」

さすがタカ丸さん、と素直に感心しながら広げられた見取り図を覗き込む。三箇所ほどに印がつけられており、そこに先輩方はいるらしい。
見た所、堀から既に侵入も脱出もなかなか手間取りそうだ。しかも本丸から全てが見渡せるので、もし主殿の中で戦闘になればすぐに城主に見つかってしまう。
見取り図を見ながら作戦を練るが、どれも完璧とは言えない。全員で行動する訳ではないだろうが、先輩はどうする気なのだろう。

「あ、兵助くんおかえりー」
「おう。伊賀崎が学園の情報を送ってくれるそうだ。ついでに柊も借りてきたから、俺達も連絡が取り合えるぞ」

タカ丸さんの声に振り返れば、肩に烏を乗せた久々知先輩がこちらに向かってきていた。柊とは烏の名前らしい。成る程、この烏で連絡を取り合うわけか。やはり別行動を取るようだ。

「……お前達、後輩と話してから空気が変わったな?」

首を傾げる先輩を真似するように、柊も首を傾けた。少し和む。
不思議そうな先輩に、私達は胸を張る。

「勿論です。実力がどうこうではなく、私達は必ず生きて帰ると誓いましたから!」
「後輩達を守る為にも我々がやらなければなりませんからね!」
「罠の準備は完璧でーす」
「頑張りましょう、久々知先輩!」
「すっかりいつもの調子だねえ」

くすくすと笑うタカ丸さんにつられたのか、先輩も微笑む。だがその目はいつも後輩に向ける優しいものではなく、自信に満ちた兵(つはもの)のそれ。

「よし、行くぞ!」
「「杯!」」

小松田さんに見送られ、私達は学園を飛び出した。




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