「おはようシリウス」
「…………」
「あの、おはよ」
「…………ああ」
ズキンと胸が痛んだ。彼が私と喋ってくれない、名前も呼んでくれない、目も合わせてくれない。笑顔すら、私に向けられたものなんてここ最近見た覚えがない。
それだけなのに。
私にとってシリウスがどんなに大きな存在だったのか思い知らされる。
「ねえ、シリウスって今誰とでもデートしてくれるんだってー!」
皆と一緒にご飯をとると必ずこういう会話が聞こえてくる。嬉しそうに笑う女の子達の声も。
これを変だとかおかしいとか思ったことはない。だって仲良くなる前、三、四年生の頃はこんなこと普通だったから。
──わかってるのに勝手に傷つく自分がいる。
私が、こうさせたのに。私が何もかもを捨ててシリウスのところに行けないから。
「明日先輩とデートなの!何着ればいいのかなあ!」
先輩なんてシリウスに決まってる。だってあの子はいつもシリウスを見てたから。私もシリウスを見てたから、わかってる。どれだけの人がシリウスを好きなのか。
でも、どうしても、シリウスに伝えたいの。
一時期はもしかしたらだけど私とシリウスは同じ気持ちなんだって思ってた。きっと今は違うけど。
──きっと、今は私の片思い。
だってあっちにはあんなにもたくさんの女の子がいるんだもん。何も私に固執する理由なんてない。
「お願いがあるの、ポッター」
「ポッターだなんて、他人行儀だなあ。あんなにシリウスと仲良かったじゃないか。シリウスの友達なら僕の友達だよ、ね?」
「ありがとう。でも……ごめん何でもない。伝えてくれる?シリウスに、湖の前で待ってるって」
「……了解。すぐ行かせるよ」
ジェームズにありがとうと頭を下げてシリウスも私も好きじゃないこのネクタイを外した。
私もあの赤いネクタイをつけれたなら、家のことなんて憎むほど嫌いだったらきっと今こんなことにならなかったのに。
「何か、用か?」
「あの、さ……もう前みたいに一緒にいてくれないの?名前だって……呼んでくれないの?」
「……………」
「シリウスは──違ったかもしれないけど。一緒にご飯食べてくだらないこと話して、楽しい思えたの、初めてだったの。名前だって……シリウスが呼んでくれた時は別のものに感じたんだよ?」
笑ってるはずなのに頬を伝って雫が一つ制服に落ちた。拳を握りしめて目を擦れば何とか我慢できた。泣いてちゃ話ができない。
シリウスは前髪をかきあげてため息を吐いた。
「……泣くなよ」
「…………ごめん」
「違う、そうじゃない。お前が泣くと──側にいたくなるんだ。泣き止むまでずっと。でも……そんなことできないだろ」
「何で?他の……他の女の子に見られたら困るから?」
「……俺が家を出たからだ。俺達は、お前が家を出ない限りもう一緒にはいれない」
「……そんなの……いいよ、家がなんと言おうと私はシリウスが──」
「──っ俺が嫌なんだよ!このままならいつかお前は俺と違う男と手つないで、結婚して、家を継ぐ。俺は……そんなの見たくない」
シリウスは泣かなかった。でも、流さなかっただけだった。今までに見たことないような辛そうな顔。
だけど私にはどうすることもできない。シリウスの言う通りなんだもん。
いつか婚約者を迎えて、シリウスとさよならして、いつかそれが思い出に変わる。
嫌だけど、嫌だけどお父さんもお母さんも捨てるなんてできない。シリウスと同じくらい大切なんだから。
「じゃあ……挨拶くらい、してよ。名前呼んでおはようとかおやすみとか、それだけでいいの。友達としてでいいから」
「…………」
「それも、ダメ?」
「お前の名前呼ぶ度に今までのこと思い出すのが……辛い。お前のこと、好きなのに。絶対俺のものにはならないんだろ?俺は……そんな軽い気持ちで、お前を好きになったわけじゃない」
「シリ、ウス……。私が──気持ちを伝えたら、困る?」
「…………」
同じだったんだ。シリウスも、私のこと。こんなに嬉しいことってないのに何で涙が出るんだろう。
月明かりがなくなってシリウスの顔なんてほとんど見えない。どんな表情なのかわからない。
おまけに私もシリウスも喋らないからまるで一人でいるみたいだ。
一人言だと思えば、いいかな。一人言なら──伝えたっていいよね?
言ったらもう、やめにするから。
「大好きだった……ううん、大好きだよ、シリウス」
「俺もだ、ナマエ」