なんで?変なの。なんて笑うリーマスが少しだけ憎く感じた。
思い返してみればリーマスは私の事を「ねえ」とか「君」だとか「お嬢さん」とかそういう誰にでも通用するような代名詞でしか呼んでくれなかった。名字すら呼ばれた事がないような気がする。出会ったのは確か一年生の入学式で、初めての友達、という部類に入る人物だった。その時から、確か私の事は「ねえ」とか「君」だとかと呼ぶようになっていて、調子がいいと「お嬢さん」だなんて茶化したように呼んだ。
そんな事で怒るのは少し大人げないとは思うけれど、気になり始めたらどうしても止まらなくてそれが段々と苛立ちに変わってそして今に至る。ははは、と笑いながら何処かへふらふらと行ってしまったリーマスの事を考えると更にムカムカしてきて、のんきに目の前で栗を割っているシリウスを殴りたくなった。

「ん?ナマエ、食うか?」
「何であんたは呼ぶのよ!」
「は?」
「…いや、ごめん」

眉間に皺を寄せて困ったような不思議なような顔をするシリウスに一言謝り、立ち上がりかけた腰をまたソファに下ろす。なんでシリウスは名前を呼んでくれるのにリーマスは呼んでくれないのよ!なんて怒りをシリウスにぶつけた所で何が起こるでもない。「そんなこと俺に言うなよ!」で終わる話だ。そう言われたらその通りだね、という話になる。

「何だよ、やっぱ食いたいんだろ!」
「違う!」
「じゃあ何だよ俺ばっかり見て…えっ、もしかしてお前…」
「その頭、栗みたいに割ってあげようか」
「冗談!」

はあ、とため息をつくと脱力して思わず笑う。まああまり気にしない方が良いのかもしれない。今までだって手をつなぐ時もキスをする時も「ねえ」とか「君」とか「お嬢さん」で済んだのだからこれからも支障はないのだろう。

「ねえ、」
「え?」
「…あのさ、」
「おいおい何だよ、俺が退けってか?」
「うん、退いて欲しいかな」

またふらっと背後に現れたリーマスに内心驚いて飛び上がりながらも平然を装う。言葉少ない圧力で栗を持ったシリウスを退散させると、消灯時間近い談話室は私とリーマスだけになった。

「あー…何?リーマス」
「ちょっと…謝ろうと思って」
「え?さっきの?」
「まあ…うん…」

指をもじもじとさせながら、伏し目がちに言う。こんなリーマス、滅多に見ない気がする。ちょっと茶化そうかと思ってしまって、笑ってみせたけれどリーマスはまだ少し下を俯いて何かを言いたげな雰囲気をさせている。

「リーマス…何?」
「…あのね、僕なんだか君の事が好きすぎて、名前、呼べないんだ」
「…?」
「君の名前を呼んだら、なんだかもっと君を好きになってしまいそうで」

ごめん、と随分切羽詰まったような口調で言うものだからついうん、だなんて言ってしまったけれど正直言っている意味が良くわからなくて頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。

「分かって、ないよね?」
「え!…いや…」
「…説明するのはすごく、恥ずかしいんだけど」
「ご、ごめん」

思わず謝るとリーマスはため息をついてそれから立ち上がると私の隣にすとんと座った。何をされるのかと身構えていると、ただ抱きしめられただけだった。名前呼ぶのが恥ずかしいって言うけれど、こっちの方がよっぽど恥ずかしいと私は思う。

「…ナマエ」
「…え?」
「…大好き」
「え、え?」
「…何回も言わせないでよ…」

恥ずかしいんだから。だって。何で急に名前を呼んでくれたのか、何で急に大好きだなんて言ってくれたのか良くわからなくて思わず聞いてしまったけれど野暮だったかな。

「これからも、さっきみたいに名前で呼んでよ」
「…そうしたいけど」

少し渋ったような声を出すから、なんだか焦って心臓がどきっとする。身体が離れてはっとしていると顔を覗き込まれて、はにかまれた。なんだかいつものリーマスと違う。いつもは余裕のあるような笑い方をするのに、何で今日はこうも変なんだろう。私が名前で呼んでなんて言ったからかな。でも、一回でも名前で呼んでくれて私は凄く嬉しかったからもうこれからも「君」でいいかとも思っちゃうのだけれど。

「でも、嫌だったら、いいの」
「違うよ、そんなことないよ。たくさん呼びたい」
「だって、嫌そうだから」
「嫌じゃないよ」

じゃあ、と言うとリーマスは私の目をじっと見て、

「もっと好きになっちゃうけど、いいんだね」



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