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※ 大学生


 私達が風呂に入る順番は、滅多な用事がない限り毎日同じである。私は幾らか長い髪を洗わねばならないので、緑間が先に入って入れ替わりで私が入ることになっている。
 我が家ではご飯を7時(遅い時は8時)から9時の間に平らげ、9時から11時過ぎまでに風呂を済ませるというサイクルが出来ている。緑間はきちんと物事をこなしていかないと調子が狂うタイプだし、私はちょいちょいルーズな人間なのでしっかりした緑間に生活スタイルを合わせることでなかなか健康的な毎日を送れている。
 例えば、夜更かしはレポート締切前にたまにするが、基本いつもは日付が変わる頃に眠る。高校生までは寝不足気味だったのが、この暮らしに慣れてからは快眠が続いていて私としてはとても有り難い。しかし何事にも人事を尽くして全力で取り組む緑間も料理だけはからきしなものだから、私の料理の腕は和食に偏りが見られることを除けば日増しに上がっている気がする。よく遊びに来る高尾や黄瀬が声を揃えて言うのだから、あながち間違いでもないのだろう。




 実家から夏野菜がたんと送られてきたこともあり、講義の合間に今晩は夏らしくカレーにしようとLINEをすれば「良きに計らえ」と何時の時代の人だかわからない返事が来たのが今日のハイライトである。この絶妙なセンスを隣に座っていた黒子に教えたら、真顔で勢い良く吹き出すというレベルの高い芸当を見せてくれたのを思い出しつつ、湯気に曇る天井を見上げながら笑う。
 緑間と一緒にいると毎日が飽きなくて楽しいとは高尾の言葉だが、まさにその通りだとつくづく思う。今日のラッキーアイテムである孫の手をテーブルの傍らに置くという、黒子が見たらまた真顔で吹き出しそうな光景を作りながらカレーを食べる緑間は、結局満更でもない表情でおかわりまでしていた。
 普段は何だかんだと文句やら我が儘やら言う緑間だが、私の料理には一度たりと文句をつけたことはないのだ。思っても言わないのは…まあ有り得ないだろう。緑間はそういう人間である。美味しい、と直接は言わないが、好きな味付けだとかおかわりだとか、遠回しだがどちらかと言えばストレートな物言いをしてくれているように思う。
 そこまで考え至り、自分でも少々恥ずかしくなって浸かっていた湯舟から上がった。緑間が干して畳んでくれたバスタオルで体を拭いてパジャマを着、濡れたままの髪をお座なりに拭きながらリビングへの扉を開けば、二人掛けのソファに腰掛けてパソコンを開く緑色の後頭部が目に入る。課題だろうか、プリントが何枚か机に置いてあった。

「何か飲む?」
「おしるこを所望するのだよ」
「……この時間に?」

 呆れる私の声音にぶつくさ言いつつも、コーヒーに譲歩してくれるらしい。我が儘は相変わらずだが、高校の最初の頃に比べれば随分と丸くなったものだと思う。使い慣れたコーヒーメーカーに豆をセットし、緑と橙のマグカップを用意しながらそっと笑った。
 コーヒーがぽたぽたと落ちるのを待つ間暇なので、シンクに寄り掛かってぼんやりしていると緑間が此方を見ていた。

「苗字」

 長い指で手招きをする緑間の方へ素直に向かう私も、随分と丸くなったのかもしれない。ソファに腰掛ける緑間が徐に両脚を広げ、床を指して座れと踏ん反り返っている。なんだこいつ。

「座れ。髪がまだ濡れている。お前が風邪を引いたら、誰が俺の食事を作ると思っている」
「え、高尾とか」
「俺は冗談が嫌いだ」
「高尾の存在が冗談みたいに聞こえた」
「………気のせいなのだよ」

 立ち尽くしたままの私の腕を掴んで座らせ、タオル越しに大きな手のひらが満遍なく髪を撫でる。あれだけ繊細な3Pを撃つ指で、一日たりともテーピングを欠かさない大切なその指で、背中越しの緑間はいとも容易く私の髪に触れている。緑間の脚に挟まれるようにして床に座る私は、されるがままになるしかないのだ。逃げ場もなければ断るだけの理由と度胸もない。心臓の奥の方がとくりと鳴る。
 嗚呼、どうか気付かれませんように。肝心な時に鈍い緑間でいてくれますように。耳たぶに微かに指が触れ、私は人知れず息を飲んだ。
 つもりだった。

「どうした、苗字」

 私の表情は背後の男には見えていない筈なのに、低い声は鼓膜を無慈悲に揺さぶる。いつからこの男は、全部見えている高尾みたいな真似をするようになったのだろうか。髪に触れていた手が止まり、タオルが肩へぱさりと落ちた。
 後ろから伸ばされた両手が頬とうなじにかかり、私はいよいよ観念する。緩い力で振り返らされた視界には、別人のような満足気な笑みが待ち構えていた。人より表情の乏しい男だと思っていたのに、こんな表情も出来るなんて。

「…その顔は反則なのだよ」
「な、にが」

 囁くような声に、手が触れる頬がかっと熱くなる。瞬きも惜しいくらいに、今すぐこの腕と脚の囲いから逃げ出してしまいたい。
 私が耳の後ろの方で自身の鼓動が引っ切り無しに暴れるのを聞いているのを知っているのかどうなのか、緑間はその唇に笑みを刻んだまま私を見つめた。

「まるで、誘われているようだ」

 それはどっちの科白だか、と呟く前に引き寄せられる後頭部と塞がれる唇に、私はそっと瞼を閉じた。


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