フェチ | ナノ

ガチャガチャ鍵のまわる音がして、バタンと扉が空いた。
やっと帰ってきた!
読みかけの本を放り出し、大好きな彼を出迎える。

「花宮!おかえり!」
「…おう」

仕事帰りの私の彼氏様は、仕事終わりでほっとしていたのか、少しご機嫌そうに返事をした。だけど、私の顔を見た瞬間、その端正な顔をぴきりと歪めた。

「おまえ…」
「え?!なに、どうかした?」

彼はなにも言わず、じっと私の姿を凝視してきた。
何か変なことした?!と慌てふためくわたしをよそに、彼は不機嫌そうな顔をしたまま、リビングに入っていった。
顔をみた瞬間、あんな不機嫌そうな顔される彼女って…。
しばらくショックを受けてその場に立ちすくんでいた私だったけど、よく考えたらこんな扱いは慣れっこだ!と切り替えて、花宮のあとを追った。

「花宮!お風呂にする?ご飯にする?それとも…」
「風呂」

私?と可愛く続けるつもりが、あっけなく遮られてしまった。
そしてそのまま、私のほうを見ることもなくすたすたと脱衣所に歩いていってしまった。
や、やっぱり、私、なにかしちゃったんだ…!
必死に、無い頭を回転させて今朝の花宮の様子を思い出す。
今朝は、すごく機嫌良かった、と思う。
私は今日、お仕事お休みだったから、玄関でお見送りしたら、キスしてくれたし。
ただでさえ暑い日だったのに、照れてもっとあっつくなっちゃったのを覚えている。
帰ってきたときも、機嫌良かったし。私の顔を見た瞬間あんなふうになっちゃったよね…。
怒っている理由が全然思い当たらなくて、ちょっと沈む。
これが、いつもみたいな照れ隠しだったらいいんだけどなあ…。
花宮がシャワーを浴びる音がやけに遠くに聞こえた。

お皿洗いをしていると、脱衣所から花宮がでてくる音が聞こえて、思わず身をすくめた。
できるだけ気にしないふりをして、お皿洗いを続けていると、後ろに彼の立つ気配。

「…あがった」

素っ気ない言い方だったけど、彼から声をかけてくれたことが嬉しくて、声のトーンが上がる。

「あっ、お湯加減どうだっ…わっ!」

ぎゅっと後ろから彼の腕が回ってきた。
彼の細くて白い、でも筋肉のついた逞しい腕が逃がさない、とでも言うように巻きつく。
お風呂上りのほかほかした身体が、タンクトップ一枚の私の身体に密着して、体温が一気に上がるのを感じた。
後ろから抱きしめられているせいで、彼の表情は伺えない。
それがもどかしくて、花宮のほうを向こうと身体を捩ったけれど、彼の強い腕が許してくれなかった。
背中に押し付けられる厚い胸板に、細くてすらっとしてるのに、やっぱり男の人なんだな、と感じた。

「は、花宮…」
「…おまえ、なんだよこの格好…」
「えっ?」

格好…?
自分の着ているものを見下ろしてみる。
タンクトップに、ショーパンだけど…なにか変かな…?

「…っ?!ちょ…!」

花宮が顔をわたしの二の腕のほうに持ってきたかと思うと、がぶり、と噛み付いた。
驚いて声を出せずにいると、花宮はそのまま二の腕にキスして、甘えるように頬ずりした。

「こういうの、そそられるから…やめろ…」

そ、そそられるって…!と思わず赤くなるわたしの首元に花宮は顔をうずめると、

「次は襲うからな、バァカ」

そう言って彼は腕を離した。
離されるが早いか、私は大慌てで部屋に逃げ込み、上にTシャツをきると、ばくばく煩い心臓を必死でおさえこんだ。
…今年の夏は、もう腕を出せそうにない。

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