フェチ | ナノ
「み、宮地君…?」
「ん、なに。」
「説明をもらっても?」
「俺が苗字に抱き着いてる。」
「え、あの。…はい。」
自分のためにもう少し詳しく言うと、宮地君が私に抱きついてる…のは合ってる。それに加え、私のうなじに唇を押し当てたり、ちろ、と舐めたり、私の心臓に悪いです。
「宮地君…。」
「何、いやなわけ。」
「そうじゃなくて、」
「そ。」
宮地君おこです。いや、私は宮地君の彼女であってこの行動は別に変なことじゃないんだけどね。告白も宮地君からしてくれたし…。でも、そのことについてちょっとした悩みがある。実は自慢じゃないんだけど宮地君の推しメンの子に似てるってよくいわれる。その子たちいわく、目のあたりがそっくりらしい。あのアイドルオタの宮地君の推しメンに似ていることをこれほど悔やんだことはない。告白してくれたのも顔が似ているからとか、宮地君がみているのは私じゃなくって、アイドルのあの子じゃないのかと思ってしまう。
さっき、宮地君の行動が心臓に悪いって言ったけど、かなり嬉しいのも事実。でも、宮地君が見ているのがあの子だったらその行動は私の心に重く響く。ずっと心の中でこんなつまらない葛藤を続けているから私は宮地君に強くものを言えない。いつも中途半端になってしまう。彼がそんな私を見て私に飽きてしまうのが怖い。もっと言うと、彼に愛想を尽かされてしまうのが怖い。もっともっと言うと彼が他の子のところに行くのが怖い。彼に私がこんなことを考えてるのが知られてしまうのが怖い。
こうやっていつまでもウジウジしている自分が嫌い。でも、自分ではどうすることもできない。
「…苗字?」
「…ふっ、」
「…何で、泣いてんの。」
「え、うそ。」
心配と何かの感情が混ざった顔で宮地君は私を抱きしめたまま顔を覗き込んでくる。
対する私は驚きと焦りでぱちぱちと瞬きを繰り返す。それでも頬に非常に体温に近い透明な液体が伝っているのは紛れもない事実で。
私泣いてるの?
「その、ね。目にゴミ…ゴミが入っちゃって。」
彼に飽きられたくなくて、彼に愛想を尽かされたくなくて、彼に他の子のところに行かれたくなくて、私は必至に言い訳を伝える。
なぜかまた液体が溢れる。水を入れすぎたコップみたいにあふれてくる。
やめて、違う。私は宮地君と笑ってすごしたいの。アイドルのあの子じゃなくて苗字名前を見てくれている宮地君と笑って、楽しく過ごしたいの。
「…名前。」
「っ、」
肩が跳ねる。怒られるのかと思いビクビクしていると宮地君が私を抱きしめてる腕に力を込める。
「名前、何勘違いしてんのか知んないけど、いやならいやって言ってくれればいいから。」
そう言って私のうなじに唇をもう一度押し当てるとさっき強くしたばかりの腕の力を抜く。
私には見えないけど、声が悲しそうに聞こえた。
「宮地く…清志君、」
清志君の腕が微かに震えた。
やっぱり、正直に言うよ。
「清志君、私怖いの。」
「……。」
いきなりで話が分からないのか、わかってて先を促してくれているのか、彼は静かに私の話に耳を傾けている。
「私…、宮地君の推しメンの子を重ねられてるかもって思うと怖いの。告白してくれた時はもちろんうれしかったし、私でいいのかなとも思った。でも、それが私にじゃなくてあの子への愛情表現ならって思うだけで、」
また一粒、目から滴が零れた。これ以上話すと言葉じゃなくて嗚咽が出てきそうだ。
宮地君は緩めた腕をもう一度強めて首に顔をうずめる。さらさらの髪がくずぐったい。
「お前、そんなんで悩んでたの?」
「うっ…、だって。」
「だいたい、名前と全然似てねーし。」
「……。」
なんてな。って笑って宮地君は首を甘噛みしてきた。
「大丈夫だ。俺は名前しか見てないし、重ねてもないから。」
「ほんとに…?」
「おう。俺は逆に信用がなくて悲しい。」
「そ、れは…。」
「嘘だって。」
彼は笑うともう一度私のうなじに甘噛みした。