月のない日2


「おまえは実家の得意先への挨拶があるのだろう。本土一の宝石商の子息に得体のしれない連れがある、と顔をしかめられないうちに、わたしは退散することにする」

留守番の老王がそろそろ痺れを切らす頃合いだ、と苦笑するのを、クレイが複雑な表情で見つめた。

この、くちびるに毒を含んだ天使のような少年は、明らかに西の国の血を引く容姿でありながら、居留区の塀の内では異質な存在だ。
いや、塀の外では尚のこと異質であるに違いない。

本土東の海に浮かぶ小さな島を統べる、『龍』の血筋――

それだけでも得体のしれない立場であるのに、加えて、彼らにとっては異国人である母から受け継いだこの容姿だ。

この国と異国との繋がりの証と言えば聞こえはいいが、実際にはどちらにとっても受け入れがたい"異物"なのだと、いつだったか本人がこぼしていた。

自分の屋敷の中でさえ、まともに話しかけてくるのはお目付役の王老人ひとりきり。そんな有り様では、彼が心からくつろげる場所などどこにもないのかもしれない。

けれども、死んだ母親の住まいだったという館に、彼が閉じこもるばかりなのが居たたまれなかった。

海の向こうの、会ったこともない父親。
その父を追って、船ごと嵐の海に沈んだ母親。

そんなものばかりを虚しく追い求める銀灰の眼差しが、わずかでも他へ逸れてくれたなら。
叶うならば、虚ろに蝕まれてゆく心を楽しませるものを、どこかで見つけてくれたなら、とクレイは思う。

「たしかに俺は遊んでばかりもいられないけどね、おまえは、少しは羽目を外していったらいいじゃないか。どうせ王老人に皮肉調子のお小言をくらうのなんか慣れっこだろう?」

爺やに隠れて少しくらい悪さをしていってはどうだ、と勧めるクレイに、マクシミリアンがちら、と苦笑する。

「出された料理を食い荒らしたり、ご婦人のドレスの裾を捲り上げたりしたところで、さして面白いとは思えんな」

小言をくらうだけ損だと嗤うのをクレイが呆れて見下ろした。

「だれがそんな子どもみたいな真似をしろって言ってるんだい。そうじゃなくてね、たとえばほら、気を惹かれるような花はないのかってことさ」

本国を遠く離れた居留区のこととて、年嵩の婦人の姿ばかりが目立つが、あわよくば良縁を拾おうと目論む親に連れられた若い娘の姿もないではない。
声を掛けてみたい相手はいないのか、と問われて、

「わざわざ手に取ってみたいほどの珍しい花は、ないな」

手折ったならすぐさま萎れてしまいそうな温室育ちの花なぞ面倒、とそっけなく切り捨てるマクシミリアンだ。




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