ずっと明けないように感じて 4


夢も見ないほどの深い眠りから不意に目覚めて、マクシミリアンは瞼を持ち上げた。
気だるいような不快感が全身に纏わりついている。
振り払うようにして身を起こせば、身体のそこかしこに鈍い痛みを覚えた。

見下ろした身体に、いろいろの汚れは見当たらない。
けれど、両の手首に、紅い跡。

裸の胸には、枷の代わりにされ皺のついたシャツがかけられていたらしい。
ぱさりと膝に落ちたそれを拾い上げて、肩に羽織れば、ふわり、とむせかえるような花の香りが漂った。

窓の厚い帳の隙間からは、まだ力の弱い陽の光が差し込み、そろそろ空が白む頃合であることを教えている。

昨夜の記憶の最後は、長椅子の上。
曇り空の色の瞳に、間近に見つめられながら、阿片に酔って意識を手放したのだった。

けれど、いま、おのれがいるのは覚えのない寝台の中だ。
眠ったはずの長椅子も、共にそこにいたはずの相手も、――"旦那さま"の姿も、部屋の中には見当たらない。

「……」

やはり人気のない廊下に出てみると、ここが昨夜とは違う客間であることが知れた。

記憶にある昨夜の部屋は、大扉の隣。
扉を引いてみるが、鍵がかかっているらしく開かない。
軽く肩を竦めて、マクシミリアンは踵を返した。

彼らがこの屋敷でしていたことは、決して外聞の良いことではない。人目につかないよう、先に外へ出たのだろうと、さして疑問にも思わずに明け方の街路へ降りる。

それにしても、と、マクシミリアンは苦笑した。

二度目の阿片を吸いこんだあとの記憶がない。
帳ごしに対面した"旦那さま"とやらに、アランは自分を差し出すのだと言っていたが。

企んだとおりにことが運んだ割には、嬉しげな様子など少しも見せなかった灰色の瞳を思い出す。

ひどく熱い互いの肌と、身の内を喰らいつくすような苦痛と快楽。

まるですべてを失うような。

すべてとひとつになるような。

もしかしたら、それは死とよく似ているのかもしれない。
心など通わずとも、相手さえあれば得られる、束の間の死。

醒めたあとで、現の鼓動に絶望するとしても。

それは、抗い難い誘惑だった。

だが、

――覚えがないのでは、退屈しのぎにはならないではないか。

瞼の裏で、こちらを見返す金髪の少年に向かって、そんな文句を吐いてみる。

目を上げて、見覚えのある色の煉瓦の塀の角を曲がる。そうして、幽霊屋敷の門前に駆け出てきた小柄な人影を認めた。

栗色の頭がこちらを振り向き、マクシミリアンの姿に気づくと、飛びつくようにして走り寄ってくる。

「マクシム! ああ、良かった。無事だったんだね!」

「……こんな朝早くから、いったい何の騒ぎだ」

「さ、騒ぎって……おまえが夜中にこっそり出かけたりするから、こっちは一晩じゅう心配してたっていうのにっ」

こっそり出かけた、と知っているからには、おまえも夜中に外出していたわけだろう、と呆れ顔になるマクシミリアンだ。

「お目付役に小言をくらっても知らないぞ」

「平気だよ。昨夜は例のご婦人の屋敷に招待されて、泊めてもらったことになってるから」

逃がすまいとするかのように友人の腕を握ったクレイが、白い手首に残る縄めの跡に気づいてぎょっとする。

「な、なんだいこれは? いったいどこで何をやらかしてきたんだ、マクシム!」

「気になるのなら、次はおまえも一緒に行くか」

「冗談じゃないよっ」

途端に顔を赤くするクレイに、マクシミリアンは微かな笑みを返す。

昨夜、家人に嘘の言い訳をしてまで外出をしていたとすれば、それは自分を案じて様子をうかがうためだったに違いない。

「では、捨て置け。……おまえは知る必要のないことだ、クレイ」


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