身を苛む不安 2


すでに馴染みとなった荒れ屋敷へと足を運ぶと、アランのほか、顔見知りとなった男たちが数名、燭台を囲んでカードに興じていた。

「よう、マクシム。もしかしたらもうここへは来ないかと思ったんだが、どうやら怖じ気づきはしなかったようだな」

マクシミリアンの姿をみとめたアランが、くちびるに薄い笑みを浮かべる。

「それで、あの夜は、いい夢を見られたか?」

阿片を試したのか、と、言外に問うアランに、マクシミリアンは苦笑で応じた。

「ああ、悪くはない夢だった」

「へえ、そいつはよかった。でもな、夢の続きを見たいなら、次は代価がいるぜ?」

「代価」

「そう、代価だ。ま、心配するなよ。もし金がないなら……おねだりをすりゃあいい」

アランが嘲るようにくちびるを歪める。

「例の屋敷のご主人さまにお会いして、お願いをするのさ。もし気に入られれば、いくらでもいい夢を見られるってわけだ。どうだ?」

ご主人さまにお願いを、と。
明らかにそればかりでは済むはずのない話を聞かされて、もらった阿片の残りは窓から捨てたのだと、教える台詞をマクシミリアンは飲み込んだ。

「……なるほど。面白そうな話だな」

どうだ、と誘っておきながら、頷いた少年の応えにアランが苦い顔になる。

「そうかよ。おまえにその気があるんなら、これから連れて行ってやる」

おまえならきっと気に入られるさ、と呟くと、上がりかけのカードを放り出して立ち上がった。
投げ出された手札を覗き込んだ男たちが、揃って顔をしかめたあと、にやにや笑いをアランの背に向ける。

「こんないい手を途中で捨てるなんて、もったいないぜ、アラン」

「放っておけよ。俺たちから小金を巻き上げるよりも、よほど儲かる商売をお持ちなんだからな」

たまには俺たちにも分け前をよこせよ、などと騒ぐ仲間をちらりと一瞥して、

「うるせえよ」

少年の銀色の視線を避けるように、アランは夜闇の中へと身を翻した。





「なあ、おまえ、いったい何を考えてる?」

先を歩くアランが、背を向けたままでぽつりとこぼした。

「何を、とは?」

尋ね返す台詞に、応えは返らない。

以前は無駄に遠回りをした道のりを、今夜はまっすぐに歩いたらしい。
ほどなくたどり着いた無人屋敷の二階、先日入り損ねた大扉をアランが大仰な仕草で開いてみせた。

「どうぞお進みを、お姫さま」

おどけて会釈をするのへ一瞥をくれて、マクシミリアンは厚い絨毯を踏んだ。
部屋の内には、思いのほか眩い明かり。
窓に重く垂れた天鵞絨の帳、象嵌細工も見事な卓子、紅木に布張りの長椅子。
洋燈に明々と照らされた室内は、無人の屋敷によくも、と呆れるほど金のかかった調度に埋め尽くされている。

腰かけたなら身体の沈みそうな長椅子の上は、無人。
けれど、紗の帳に仕切られた薄暗い続き部屋の奥に、確かに人の気配だ。

無言のままマクシミリアンが首をめぐらせると、帳の向こうから、ほう、と微かなため息が漏れた。
おのれは姿を隠したまま、客を品定めしようとする趣向に、少年の眉が不快げに寄せられる。
その様子に苦笑したアランが宥めるように少年の肩を叩いた。

「旦那さま、以前にお話した友人を連れてきましたよ」

「……なるほど、確かに美しい少年だ」

ようやく聞こえた声は、王老人とそう変わらない歳の頃と思えるしわがれたものだ。
思い通りにならぬことなどない、と長年信じ切って生きてきた傲慢さが、その老いた声音から滲み出ている。

「彼が、旦那さまにいただきたいものがあるそうです」

「ふむ、いいだろう。好きなだけ、望むものを与えてやるがよい。おまえに任せる」

願いとはなに、と聞きもしないうちからあっさりと寄越された返事に、軽く肩をすくめて、アランは傍らの少年に目配せをした。

「ありがとうございます、旦那さま」

愛想よく礼を言うと、マクシミリアンの背を押して早々に部屋を出ようとする。
それを"旦那さま"が呼び止めた。

「待て。望みのものを受け取るのを、忘れておるぞ」

「おっと」

先に出てな、と押しやられて、マクシミリアンは大扉の外に締め出される。

「……中でいったいどんな悪企みをしているやら、な」

せいぜい面白い筋書きを用意してほしいものだ、と。
重い音をたてて閉ざされた扉を、少年が軽くくちびるの端を上げて見やった。





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