闇に身を置くもの3


誰に見咎められることもなく、マクシミリアンは、昨夜の崩れた塀の前に辿り着いた。
硝子の破れた窓は庭の木々に隠されて、ここからでは中に明かりがあるのかどうか分からない。
なるほど、いい隠れ家なわけだ、とつぶやいて、ひと息に塀を乗り越える。

庭木の枝をくぐり、壊れた窓の場所は確か、と思い出すうち、幹の影からゆらりと人影が現れた。

「待ってたぜ」

今夜は地味なシャツ姿のアランが、腕組みでこちらを待ち構えていた。

「約束の通り、今日はもっといい遊びを教えてやるよ」

こっちだ、と腕を引かれて、越えたばかりの塀を逆戻りするはめになる。
明かりもない細い路地や、屋敷の裏手を幾度も通り抜けたあとに、古びた屋敷の裏門の前でアランがようやく立ち止まった。

錠のかかった門の中央をおかしなやり方でアランが押すと、ギィ、と音を立てて格子の一部が開き、くり抜いたように入り口が開く。

「開け方を知ってるやつなら、こうして自由に入れるからくりになってるんだ」

こちらの反応を試すように小声で教えてよこすアランをちら、と見やって、マクシミリアンは鼻で嗤ってみせた。

「そう教えてくれる割には、この屋敷の場所を、わたしに悟らせないようにしていただろう」

そのために余計な回り道をしただろう、と言い当てられて困るでもなく、かえって愉快げな顔をするアランだ。

「この門をまたくぐるかどうかは、おまえ次第さ」

引き返せるようにしてやってるんだぜ、と嘯くアランの言葉に、マクシミリアンは苦笑を浮かべた。

「この期に及んで釘を差すとは、よほどまっとうでない遊び場ということか」

「怖じ気づいたっていうなら、帰ってもいいんだぜ」

そう口では言いつつ、銀髪の少年が付いてくることを少しも疑わない足取りで、アランが屋敷の門をくぐる。
敷石を踏む軽い足音が、すぐ背後を追ってくるのに、にや、と笑んで、厨房へ続く裏口の扉を開けた。

しん、と冷えた暗闇に、思いがけないほど高く靴音が響く。

誰かに聞き咎められないとも限らないそれを気にとめるそぶりもなく、アランは二階への階段を上っていった。

寂れた気配漂う屋敷の内に、人の住んでいる様子はない。
蝋燭のない燭台、花が生けられていない花瓶。
そんなものばかりが並ぶ廊下に、けれど、埃はひとつも見当たらないのが不思議だった。

「おまえは少しここで待ってな」

マクシミリアンを廊下に残し、アランは大扉の一つに姿を消した。

中に先客がいるらしい。

ぼそぼそと話し声が漏れてくるが、内容までは聞き取れない。
壁に背を預けて、マクシミリアンは腕組みで辺りを眺めやった。

昨晩の荒れ屋敷とは異なり、ここは最低限の手入れがされているようだ。住む者はないようだが、持ち主はいるのだろう。
その持ち主が、裏門の仕掛けを知らないわけもない。

そして、いかに無人とはいえ、あれだけ堂々と出入りしているアランの様子からすると、あの荒れ屋敷のように勝手に遊び場にしているわけではないだろう。

――あるいは、屋敷の持ち主も承知の上か。

どうやら、ここは単なる悪童どもの溜まり場などではなさそうだ、とマクシミリアンがくちびるの端を持ち上げたとき、階下からこちらへ上ってくる人の気配がした。



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