闇に身を置くもの2
燭台を囲む輪に加わると、隣から小ぶりの瓶を差し出される。
ぷん、と鼻をつくのが強い酒精の匂いだ。
渡されたそれを、顔色も変えずにぐい、と煽れば、誰かがぴゅう、と口笛を吹いた。
「飲んだことがあるのか?」
「いや」
舌に残る痺れと、喉を灼く感覚に軽く眉をひそめ、
「そう美味いものでもないようだ」
憮然としたマクシミリアンの言葉に笑って、アランが受け取った瓶に口をつける。
「ま、そのうちこの良さが分かるようになるさ」
「おまえ、カードをやったことは?」
蝋燭の向こう側から、二十歳ほどに見える男が声をかけてきた。
どうやら賭けごとの遊びをしているものらしい。
先に来ていた三人の足元には、少額とは言えない額の硬貨が散らばっている。
「残念ながら、ないな。第一、あいにく手持ちがない」
「なら、今日はそこで見てりゃいい。やり方を覚えたらおまえも入れよ。そうそう、金がないなら体で払ってもいいぜ」
男の台詞に、どっ、と笑いが起こる。
「なるほど、それも面白いが、代わりに何を賭けてくれる気だ、大人。わたしは金なぞ欲しくはないぞ」
薄い笑みを浮かべるマクシミリアンの様子に、男たちが笑いを引っ込めた。
うそ寒そうに首をすくめて、揃ってアランを見上げる。
「綺麗なお人形さんかと思ったら、なかなかただ者じゃねえ坊ちゃんじゃねえか」
「面白いだろう?」
くすくすと笑って、マクシミリアンを見やる、アランだ。
「次にはもっと楽しいことを教えてやるよ。おまえにその気があるんならな」
*
曇り空の瞳に、また来いよ、と誘われた。
居留区の高い塀の内側に閉じ込められて、窮屈な日常から逃げ出すように闇の奥に集う若者たち。
安全な籠から出る覚悟もないくせに、退屈が嫌だと駄々をこね、良くない遊びに手を出すくだらない"仲間"だ。
けれど、平穏にばかり浸っていると、こごった闇に喰らわれそうになる心地が分からないではない。
崩れた塀を乗り越えて、鍵のかかった屋敷へ忍び込んだ。
初めて味わった、喉を灼く酒の味。
それは、他愛もない子どもの悪戯のようなものであったが。
危険や苦痛に身を晒してみれば、なるほど自分も確かに生きているのだと確かめることができた。
馬鹿げた遊びと知ってはいても、
「退屈で死ぬよりは、ずいぶんとまし」
少なくとも、自分を害する相手に形があるだけ有意義だ。
あの場所に集う他の男たちも同じ思いなのだろうか、と、名前も知らない彼らの顔を思い浮かべてみて、自分も名乗っていないことに気がついた。
そういえば、どこの誰とも問われなかったのだった。
彼らにはどうでも良いことなのだろう。
蝋燭の小さな明かりひとつに照らされて、互いの顔しか見えないようなあの場所では、出自も家も大して意味のないことのように思えた。
それが、少々快い。
窓の明かりが消え始めた街路を見下ろして、マクシミリアンは外出用の上着を取り上げた。
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