迅くん | ナノ


2.溺れて忘れて



「迅くん、まだ出なくていいの?」


「ん。そろそろ行くよ。」


「そう、気をつけてね。」




朝食の後片付けをしながら、のんびりとテーブルに腰掛けコーヒーを飲む青年をちらりと見る。

ゆったりととした余裕のある雰囲気に、穏やかな表情。顔立ちはいつ見ても整っていて、所謂イケメンというやつだ。

そして、何を隠そう、私の命の恩人である。


それはさておき。




「何、まだ寝癖でもついてる?それとも迅さんに見惚れてたり?」


「はいはい。今日もカッコいいカッコいい。」



私の視線に気付いた迅くんは、いつものようにへらりと笑い冗談を交える。

そんな冗談に動揺する歳でもないので、軽くあしらうと次は拗ねたような表情に。かわいい。





「昼食、いるんだよね?」


「うん。12時過ぎくらいに一旦戻るから、そのくらいに。いつもありがとう。」


「いえいえ、これが仕事ですから。」



立ち上がってこちらへ歩いてきた迅くんからマグカップを受け取る。



「じゃあ、行ってきます。」


「はい、いってらっしゃい。」




今度は私がぽんぽんと頭を撫でられた。
迅くんはよく私の頭を撫でる。いや、私に限らず人の頭を撫でるのが癖なのかもしれないが。

今まで、最近は特に人に頭を撫でられることは無かったから、なんだかこそばゆい。






「よし、じゃあ今日もやりますか。」


洗い物を終え、伸びを一つ。


家事担当としてこの玉狛支部に置いてもらっている身として、今日も精一杯の働きを。





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洗濯は男子組と女子組を分けて2回、トイレ、大浴場など共有スペースの掃除は毎日入念に。いつもの掃除が終わるとプラスで普段しなくてもいい掃除を。今日は食器棚の食器を全て出してみようかな。






この支部の家事を全て任されて1ヶ月。それまでは隊員たちの当番制だったようだが、特に掃除はあまりされていないように感じた。

それもそうだ。ボーダーという組織の隊員は任務に訓練に多忙を極める日々。加えて学校にも行っていたり。

家事に手が回らなくて当たり前だ。

ましてや10代。普通の家庭なら、親が全てやっていてもおかしくない。



そして私は家事が好きだ。料理も掃除も洗濯も。没頭できるのもが好きだったりする。

全ての家事をするなんて優しい条件で、この支部に置いてもらっている。ありがたいことこの上ない。
今は、ここでは、身分証もない身だ。




「はあ。」


「どうした、なまえ。幸せが逃げるぞ。雷神丸触るか?」


「陽ちゃん。ふふ、そうだね。ありがとう。今日はお昼ご飯何食べたい?」




現実を見るとどんよりと曇る心。
それを見ないようにと笑顔を作り、励ましに来てくれた陽太郎くんへと向ける。


見た目よりも随分とふわふわな触り心地の雷神丸。
さあ、家事に没頭しよう。



2021.3.2


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