12.傾き
「まあそう怖がるなって。」
目の前には、見知らぬ男性。まさか迅くんからの、"知らない人の相手をするな" というメッセージを確認するや否やこんなことが起こってしまうなんて。
この玉狛支部にはこういった訪問者はあまりない。ということは、迅くんのいう "知らない人" とはおそらくこの人だろう。
迅くんの予知による指示を守れなかった。じんわりと焦りが表情に出ているのか、目の前の男性はニヤリと笑みを浮かべた。
落ち着け、私。ここでなんとか帰ってもらえばいいだけ。
きっと支部に誰もいないことが分かれば帰るだろう。
「あの、申し訳ないのですが、支部には今私一人でして、、。」
「知ってるさ、だから来たんだろ?」
「へ?」
へ。
「あんたを見に来たんだよ。」
ジリ。一歩距離を詰めてきた男性に一歩引き下がる。
え、今なんて?私を見に来た?どういうこと??
「怯えてるな〜。怪しいものじゃない。ほれ。」
そう言って、差し出されたのは何やら身分証のようなもの。
「ボーダー、、」
「そ、本部所属の太刀川だ。俺もボーダー隊員さ。迅と同じ。」
「本部、、」
「勘違いするなよ、危害を加えに来たわけじゃない。」
本部所属の太刀川と名乗った男性。以前、本部所属の隊員に遊真くんが狙われた事件を思い出す。
ということは、遊真くんをまた狙いに、、?いや、その件は迅くんが解決したって、、。
「おれちょー頑張ったの。褒めて。」なんて言ってきた迅くんを思い出す。
そもそも遊真くんを狙いにきたのなら、支部に誰もいないと知ったらここにはもう用はないはずだ。
ニヤリと笑った表情のまま、太刀川さんにジリジリと距離を詰められ気付けば背中に支部の扉が当たってしまった。
「うーん、やっぱり。」
「?」
「あんた、近界民か?」
「っ、、!」
ぞわり。背筋が凍る。私の元の世界は近界にはない。迅くんはそう言った。そうだとしても、他の世界から来た私は近界民みたいなものなのでは?
遊真くんが本部の隊員に狙われたのは、近界民だったから?
と、いうことは、この人は私を捕らえに、、、?
「おい。」
「っ、、!い、いひゃい!」
太刀川さんの言葉に、ぐるぐると思考を巡らせていたところ、突然伸びてきた手で両頬を摘まれた。
突然のことに目を見開く。
「勘違いすんなっつったろ?危害は加えねぇって。」
「じゃ、じゃあ、どうして、、」
「迅が大事にしてる女がどんなのか、気になってな。」
「見に来た。」なんて今度は支部のみんなもするようなどや顔でキラリと笑った。
言われた言葉を理解できず、思考が止まる。
なに、どういうこと、、
「コロコロ表情変わって面白いな。名前は?」
「え、あ、苗字 なまえです。」
「なまえちゃんか。そろそろ支部に入れてくれるか?立ち話もなんだろ?」
「あ、はい。」
近界民じゃないけど、近界民ってばれた。いやいや、私は近界民じゃないから。でも他の世界の人間。本部の人に知られてしまったら、どうなるのだろう。
まさか、玉狛支部が不利になるなんてこと、、、。やっと遊真くん達も入隊し、チームを組むために頑張っているところ。みんなにだけは、迷惑はかけたくない。絶対に。
そんなこんなで頭はほぼ混乱状態。
なんとかしてこの人に私のことを秘密にしてもらわなければ。
「おっ、やっぱ来たか。」
「ん?っ、、!」
混乱した頭で支部の扉に手をかけたところ、後ろから誰かが走ってくる音。それが聞こえたと思ったら、振り向く間も無く背中に軽く衝撃を感じた。
誰かに後ろから抱きつかれた!?ふわりと包まれた腕はいつもの青色のジャケットで。
「なまえさん。」
「あ、迅くん、、、。」
顔を上げると、ものすごく焦ったような、困った顔をした迅くん。
何か言いたげなその表情に、私の口から咄嗟に出た言葉は「ごめんなさい。」の一言だった。
2021.3.20
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