迅くん | ナノ


10.秘めた想いを



「お〜迅じゃないか。こんな深夜に本部にいるなんて忙しくしてるな。」

「太刀川さんこそ。」


多忙を極める日々。ここのところは本部からの任務も多く、こうして深夜に呼び出されたり報告に訪れたりすることも多い。

これも実力派エリートの務め。

この後も休む間もなく任務に当たる予定だが、さすがに一息つきたいとラウンジの自販機の前にいたところ、後から来たのは眠そうに目を擦る太刀川さんだった。




「俺は大学の課題に追われてんだよ。」

「ふーん。、、、忍田さんに怒られないようにね。」



本当に課題とやらには取り組んでいるのだろうか。へらへらと笑う太刀川さんからは忍田さんに叱られる未来が視えていたが、まあ言わない。




「っ、、!?」


瞬間、太刀川さんからさらに視えた未来に目を見開く。
忍田さんに叱られる太刀川さんの未来。さらにその少し前に起こるであろう未来がチラリと視えたのだ。
その衝撃的な未来に、思わず目を見開くと同時に頭を抱える。



「おっ?なんか視えたか?」



ニヤリ。その俺の姿に意地の悪そうな笑みを浮かべた太刀川さん。



「嘘でしょ。太刀川さん。」

「何のことやら。」


この人は。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



本部を後にし、急ぐ先は玉狛支部。

日付も跨ぎ寝静まった建物の階段を音を立てずに上がっていく。

このところかなり忙しく、もちろん今日も本部で僅かな仮眠を取った後すぐに任務に向かわなければならないはずだった。つまり、今こうして玉狛支部に戻ってきている場合ではないということ。


それでも、それよりも大切なことが自らのSEにより発覚したためこうして寝静まった玉狛支部へと戻ってきてしまった。向かう先は想い人の部屋。

なまえさんの部屋の前にとうとうついてしまった。先日、深夜に支部に戻った際奇跡的になまえさんが起きていたことがあった。しかし、今日この時間には確実に眠っているな。
ノックするのもおかしいか。でもどうしても、伝えたいことがある。


「って、鍵かけろよ。」


ガチャリ。ダメ元で手にかけた部屋のドアが音を立てて開くことにまた頭を抱える。

その先には、ベッドで丸くなるなまえさんの寝顔。
目をつぶっているからか、普段よりまつ毛が長いように見える。

すぅすぅと寝息を立てるなまえさんに近づくとそっと無意識に頬に手を添えてしまっていた。
あ、おれこれ犯罪だわ。



「んっ、、。」

「なまえさん?」

「ん、、じん、くん?、、あさ?」


頬に添えた手に身を捩ったなまえさんはうっすらと目を開いて声を漏らした。

寝ぼけ眼で漏らされた自らの名前に体が震えるようだ。


「ううん。まだ夜中なんだ。起こしてごめんね、どうしても伝えたいことがあって。」

「ぅ、、ん、、」

「なまえさん?」


再び眠りに落ちてしまいそうななまえさん。その姿に、せっかく気持ちよく眠っているところを起こしてしまったという罪悪感が湧き上がる。

しかしさらに無防備なこの姿に、掻き立てられるのは熱い感情。欲望。


「じん、くん、、」

「うん。なまえさん。ちょーっとだけ俺の話聞いてくれる?」

「うん。」


いけない。この状態で襲ったりなんかしたらほんとに犯罪だぞ俺。

理性を奮い立たせるように首をぶんぶんと振ると、それを不思議そうにトロンとした目で見つめられまた崩れ落ちそうになる理性。


寝起きのなまえさんの破壊力たるや、、、。ていうかこの状態で話してなまえさん大丈夫か?
しかし、こうする他には手はない。


「明日ね、たぶん知らない人がなまえさんのところに来ると思うんだけど、絶対に相手にしないでね。」

「う、、ん、、、」

「なまえさーん?」


あ、だめだこれなまえさん覚えてないやつだ。こんな深夜だし、しょうがないか。


「ごめんね。後でメッセージ入れとくから見てね。」

なまえさんの意識はもうほとんど夢の中にあるということを確認し、溜息を一つ落とす。

先程太刀川さんを通して視えたのは、太刀川さんが何やらなまえさんにちょっかいをかけている未来。
先日のなまえさんとのデートを太刀川さんに見られてしまっていたようだ。

なまえさんを見に、太刀川さんが訪ねてくる。
どうにかこの未来をなまえさんに回避してもらわなければ。

できれば直接伝えて完全に回避して欲しかったけど、これ以上無理に眠りを妨げることもできない。

そして俺にももう時間はない。名残惜しいが、任務に向かわなければならない。



「じん、くん、、」

「ん?」


もう夢の中だろうと思っていたなまえさんに背を向け、部屋を後にしようとしたところ、再び声をかけられ振り向く。なまえさんは寝ぼけ眼のまま上半身を持ち上げて座っていた。

先程と同じように夢と現実を彷徨っているであろうなまえさんは、そのトロンとした目のままちょいちょいと手招きをした。


「なに、どーかした?」


なんとも可愛い仕草に、任務のことも忘れて再びなまえさんに近づいてしまう。
その瞳に俺は写っているが、ちゃんと分かっているのだろうか。



「じん、くん、忙しいから、、、あいたいなって、思ってたよ。」

「っ、、。」


本当に、この人はなまえさんか?突然の甘い言葉にくらりとする。思わず隣に腰掛けると焦点の合わない目がにこりと笑った。あ、この人まだ夢の中だな。



「そう。俺も、なまえさんに会いたかったよ。」

「ふふ、、嬉しい。」


これは夢か?
こんなの分かっていたなら教えろよ俺のSE。

未だにやっぱり夢の中のようななまえさんは、寝ぼけ眼でも俺の好きな笑顔でふわりと笑う。
本当に、本当に可愛らしい。

思わずまた頬に手を添えてしまう。
すると擦り寄るようにその手に顔を寄せてくるなまえさん。


その姿に。せっかく収めていた欲望がふつふつと湧き上がる。理性が働かない。



「なまえさん。」

「ん、じんくん、、」


あ、だめだこれ、俺。止まらない。


ちゅっ。自身の唇をなまえさんのそれに押し当てる。柔らかい感触に、麻薬のように蕩け麻痺する頭。

一度離す。なまえさんが欲しい。欲しい。もっと欲しい。
もう一度ど押し当てる。そのまま肩を押し、ベッドに沈める。

ギシリ。2人分の体重にベッドが軋む。
その音に重ねた唇をそっと離す。



「っ、、!なにやってんの、俺。」


目の前には、目を閉じてすぅすぅと寝息を立てるなまえさん。

自己嫌悪に苛まれながらなまえさんから降り、その肩にそうっと布団をかける。


「ごめんねなまえさん。好きだよ。」

"だから許して。" という言葉は飲み込んで、最後に額にひとつ唇を落とした。



2021.3.16



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