迅くん | ナノ


9.できる後輩




俺はできる後輩だ。


『京介くん、ごめんお味噌切らしちゃってるの忘れてて、、、買ってきてくれない?』

「いいですよ。今帰りなんで、買って帰ります。」

『ありがとう!ほんとごめんね。』


電話先で慌てる声に、必要以上に他人に迷惑をかけることを嫌がるその人の顔が思い浮かぶ。



ある日突然、信頼する先輩が連れてきたその人ーーーなまえさんは、それ以来毎日自分たち玉狛支部の人間のために尽くしている。

そのくせ、自分のことには鈍いのか、痛いほど向けられているであろう好意に、熱い視線に気づかない。

それが最近の自分の小さな小さな悩みだったりもする。



プツ。通話切り携帯をポケットへとしまうと、思い出すのは今朝のこと。


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「京介くん。おはよう。朝ごはんは食べた?」

「はい、食べてきました。、、、ピアスですか?いいですね。」


学校の前に玉狛支部へ向かい挨拶をすませ、お弁当を受け取りにキッチンへと向かうと、いつものように笑顔で迎えてくれたなまえさん。

一つにまとめられた髪の毛。耳朶にいつもと違うキラリと光るものを見つけ、思わず目を向ける。



「そう。俺が昨日買ったの。似合うだろ?」

「はあ。」


何故か俺の言葉にそう答えたのは尊敬してやまない先輩。だが同時に、最近のその小さな悩みの種でもある存在。


「毎日付けろということでして。」

「?弱みでも握られてるんすか?」

「そんな感じ、、。」


満更でもないと言った彼女の様子に、やはり自分のこととなるとこの人は鈍いんだと思う。

迅さんには聞こえないようにしたいのか、俺に顔を近づけ口に手を添え小声でそう言うなまえさんは、迅さんから痛いくらいに視線を向けられていることにも気づかない。



俺はできる後輩だから、先輩からの突き刺さるような視線にも、彼が彼女へと向ける熱い想いにも気づかないフリをすることだって容易にできる。





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そんな今朝の風景を思い出しながら、頼まれた味噌を抱え支部に着く。

夕食まではまだあるし、修に稽古をつけてやらねばとリビングに向かうと、そこには今朝のようにキッチンに立つなまえさん。

そしてその隣のテーブルに腰掛けているのは今朝と同じく迅さんだ。


あ。サイドエフェクトは無いけれど、瞬間感じた嫌な予感。


「京介くん!ごめんね!本当にありがとう!」


リビングへと足を踏み入れた瞬間、こちらに気づいたなまえさんはぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながらこちらへと近づいてきた。

その後ろから刺さる痛いほどに鋭い視線を連れながら。



「京介おかえり。メガネくんならもう訓練室だぞ。」

「そうすか。じゃあ俺ももう行きます。」

だからそんなに視線を向けないでください。なんて言えるはずもなく。一刻も早くこの場を去りたいと思う。



「あ、お稽古あったんだね、、忙しいのに、本当ごめんね。」


だがしかし、こんなふうに目の前で眉を下げるなまえさんを放っておくこともできるはずがない。


「いえ、本当に大丈夫です。食事のこと以外でも、手伝えることあったらいつでも言ってください。いつもありがとうございます。」


これは本心。この人は一人で背負いすぎる。迅さんの様な恋心はなかれど、なまえさんは、大切にしたい存在の一人でもある。


「なんて優しいんだ、、、京介くん。こちらこそありがとう。」


なんて小さな両の手で俺の手を取るなまえさん。
あ、これはやめてほしい。ほら、後ろの人誤解してるから。

再び感じた痛い視線。笑っている様で決して笑っていない迅さんの目に背筋が凍る様で。
なまえさんは本当に。あれだけ気がまわるのに、これに気づかないのはどうなんだ。


「じゃ、じゃあ修のとこ行きますね。」

「はい。がんばって!」



できる後輩の悩みはまだまだ尽きそうに無い。


2021.3.15



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