8.繋いだ手から
「おめかし、か。」
迅くんを見送ったあと、いつも通りに掃除などの家事を一通り終え、自室に戻る。
迅くんはデートなんて言っていたが、そういえばこの世界に来てから行きつけのスーパー以外に出かけるのはこれが初めてだ。
おめかしするほどの服は持ち合わせていない。
迅くんに貸してもらっている服はもちろん男物だし、元々持っていた服もデート服と言えるものではない。
「いや、デートじゃないない。」
少し浮かれている自分に気づき、はっとする。
そうこうしてるうちに、下からガチャリと玄関のドアが開く音が聞こえた。
階段を登ってくる音に、自室のドアを開けるとそこにはいつもの青いジャケット姿の迅くん。
「なまえさん、お待たせ。もう行ける?」
「あっ、迅くん、おかえり。早かったね。」
「そりゃもう、実力派エリートですから!」
なんてキラリとドヤ顔をする迅くんはいつも通りで。なんだか私だけ浮かれていたなあと恥ずかしくなる。
「髪、下ろしてるのいいね。」
「ふふ、ありがとう。」
そう言ってさらりと髪に触れる迅くんは、やっぱり女の子の扱いに慣れているのかななんて。
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隣を歩くなまえさんをチラリと見る。
いつも一つにまとめられている髪は下ろされ、風になびいてはふわりとくすぐる香りに時折頭がくらりとする。
加えていつもより少し色づいた目元の化粧は今日のこのデートを楽しみに思ってくれているのかなんて、自惚れているだろうか。
「お腹いっぱい。美味しかったね。」
俺の視線に気づいたのか、隣で見上げるようにこちらへと向けられた視線。
デートに当たってリサーチは必須。朝支部を出るなり足早に本部へ向かい、オペレーターの女子達に流行りの店や定番のデートコースを聞いて回った。
可愛らしい盛り付けのオムライスの店やオシャレなカフェ。昼ごはん代わりにパンケーキを食べたりもするという。
なまえさんはランチに何を食べたいだろう。こんな時に役に立ちそうで立たない自らのSE。何を言われてもいいお店に連れて行ってあげたい。
さあオムライスかハンバーグかパンケーキか。
しかし、なまえさんが食べたいと言ったのは予想の斜め上、ラーメンだった。
「あそこはレイジさんともよく行くんだ。でもまさか、なまえさんがラーメン好きとは。」
「久しぶりに食べれて最高だった!」
「それは良かった。」
せっかく下ろした髪の毛をまた一つにまとめ、幸せそうにラーメンを堪能するなまえさんの姿を思い出してこれはこれで成功かと思う。
最近気づいたことだが、なまえさんに関しては少し未来が見えにくい。特に俺が知りたいことはあまり見せてくれない。
あんな風に幸せそうにラーメンを食べるなんて。
俺の朝一のリサーチはなんだったのか。
「これからどうしようか?あ、午後はお仕事あったりする?」
「ないよ、今のところは。なまえさん何かしたいことある?欲しいものとか?」
「んー、味噌が無くなりかけてたから、、、」
「いやいやそうじゃなくて。」
ん?と首を傾げるなまえさん。この人はもはや、自分のことを考えるのが苦手なのかと思う。
「今日はデートだから。食材とかじゃないの。」
「えーー。」
うーん。なんて今度は何やら悩むような仕草を見せる。もうデートという単語には反応もしなくなっているなまえさん。少し悔しい。
「、、っ、迅くん?」
「デートだから。」
「デートって、、。これもお仕置き?」
「言うこと聞いてね。」
手を取ってみる。突然のことにびくりと跳ねたなまえさんの肩。また睨むようにこちらを見る顔は少し色づいていて。
見てほしい。意識してほしい。そう心の中で呼びかける。
「嫌?」
「嫌じゃないけど、、、あんまり女の子にこういうことしてると勘違いされちゃうよ?」
「誰にでもする訳じゃないんだけど。」
「はいはいもう、そーいうとこ。」
あ、また。軽くあしらわれる。
本気になればなるほどこうしていつも上手くかわされているような気がして歯痒い。
手は繋いでいるはずなのに、どこか遠くに行ってしまいそうななまえさん。俺の気持ちはいつか届くのだろうか。なんて自信を失くす。
「何でもいいなら、お買い物がしたいな。」
「ん、了解。ショッピングといこうか。」
「うん。ウィンドウショッピング。」
「いやそこは買おうよ。」
そんな俺の心中を知ってか知らずか。いつもの笑顔でふわりと見上げるなまえさんに、握る手の力を強め歩いた。
2021.3.15
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