7.惹かれる
「そうだ。なまえさん、デート行こう。」
「へっ?」
「はぁ〜っ!?」
朝。朝食を食べたり出かける準備をしたり、玉狛支部では各々が忙しなく過ごしている時間。
そんな時、思いついたというように、突然笑顔でとんでもないことを口走ったのはもぐもぐとトーストを口に頬張る迅くんだ。
その言葉に、一緒に朝食を摂っていた小南ちゃんがなぜか私よりも驚いて声を上げた。
「なに、あんたなまえに手出そうとしてるんじゃないでしょーね!?」
「出そうとしてるっつーか、出しているというか。」
「やっ、はっ!?いや、迅くん誤解、招くから!ね?小南ちゃん、何もないから!ね?」
勢いよく立ち上がった小南ちゃんはその勢いで迅くんから私を庇うように抱きしめた。
女子高生がドン引きしてるよ、、。本当に、何を言うんだ、この人は、、、。
「ありえない。なまえ、ほんっと気をつけてね。」
「大丈夫、私そんなにちょろくないから。」
「なまえも小南も容赦ねぇーなー。」
いつのまにか現れていた支部長が迅くんの頭にぽすっと手を置いた。
チラリとそちらを見ると、少し拗ねたような迅くんと目が合ってしまい、咄嗟に逸らす。あ、感じ悪かったかな、、。
それでも仕方がない。昨夜のことを思い出すと、なんとも恥ずかしくなってしまうからだ。
バイトのことを問い詰められ、正直に言葉をこぼした後、なぜか迅くんに抱き締められてしまった。
迅くんに抱き締められたのはこれで2回目だ。いや、近界民から助けてもらった時のことを含めると、3回目か。
昨日の迅くんは、何も言わず、そっと私を抱き締めたかと思うと、私の肩に顔を埋めて動かなくなった。
何度か名前を呼んだが答えはなく。ただされるがままに時間が過ぎていったのを覚えている。どれくらいの時間そうしていたかはあんまり記憶がない。どきどきとうるさい心臓を、鎮めるのに必死だったから。
「ボス、今日陽太郎連れて本部行ってください
よ。」
「?そのつもりだったが。」
「あー、ならよかった。」
頭に手を乗せられたまま、迅くんは支部長を見上げて話をしている。
ふむふむ。今日は支部長も陽ちゃんも本部の日か。
お昼ご飯は私だけかな、迅くんもかな。なんて考えながら小南ちゃんの腕から抜け、洗い物へと手をつける。
「小南ちゃん気をつけてね、いってらっしゃい。」
「気をつけるのはなまえよ!ほんっとに!なんかされそうになったらすぐ私に電話するのよ!」
「はいはい。ありがとう。」
あまりの剣幕に、思わずふふっと笑ってしまった。
「迅くんも、そろそろ出なくて大丈夫?」
視線を感じ、そんな言葉をかけてみる。
いつも通り、普段通り。
私の言葉に、立ち上がった迅くんは食べ終わった食器を持ってこちらへと近づいた。
シンクにそれを置くと、ニヤリと微笑んでこちらを見る。
「お仕置き、迅さんの言うこと聞かなきゃ、でしょ?」
「っ、!」
耳元で、そんな風に囁かれてしまいびくりと跳ねる身体。
「もう、耳元で話さないの。」
悔しくて、睨むように迅くんを見ると、イタズラっ子のような笑顔を向けられた。
その表情に、なんだか意識してしまっていた自分が馬鹿らしくなる。
「ごめんって。でもあの時、俺ちょっと本気で怒ってたんだけど?」
「うっ、それは、その、ごめんなさい。」
あの時とは、私がバイトなんか検索していた時のこと。
「、、、一緒にお出かけしたら許してくれる?」
「デート、ね。」
「んーもう、はいはい。」
「やった!じゃあ今日昼前には帰るから、なまえさんおめかしして待っててね。お昼食べに行って、デートしよう。」
それは、お仕置きになるのだろうか。
上機嫌に玄関へと向かう迅くんに、自然と笑みが溢れた。
2021.3.12
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