不死川さん2 | ナノ

君のいる場所へ


任務を終えた帰り、屋敷の近くにある街へと立寄る。

任務に加え、いつもより遠方だったため夜通しの移動にも関わらず3日ぶりの帰宅となった。


すっかり日が昇り活気に満ち溢れた街では人々の笑い声が飛び交う。


人混みはあまり好きではない。それでも街に立ち寄ったのは、屋敷で一人待つ愛しい女に何か土産でも買って帰ってやろうなんて思ったからだ。



あいつの好きな団子にするか、それとも最近流行りの西洋の菓子にするか。


口いっぱいに頬張るなまえの姿を思い浮かべると心に温かいものが生まれるのが分かる。
俺らしくないだとか、そんなことは今はどうでもいい。


なまえのことを考えると心が乱れる。
自分では気づいてはいなかったが、恋仲になる前もそうだった、なんて考える。


ころころと変わる表情に、俺の名を呼ぶふんわりとした声。花の咲いたような笑顔に、時折見せる困ったような表情。その全が愛おしくて仕方がない。


本当は土産なんてものもどうでもいい。ただ早くうちに帰ってこの手でなまえを抱きしめたい。





そんなことを考えながら足を進めていると耳に入ってきた聞き慣れた声に視線を移す。



『うーん、、どれにしよう。』



声の主は紛れもなく今まさに思い浮かべていた存在。

八百屋の前で何やら首を傾げ悩んでいる様子のなまえ。



「チッ。あいつ、、。」



昼間とはいえなるべく1人で外出はするな、といつも言い聞かせている。
任務中では何かあってもすぐに戻れるとは限らないからだ。

あいつに何かあったらなんて、考えたくもない。



「お!なまえちゃん今日は1人かい?」

『そうなんです!美味しいお野菜食べたくなっちゃって〜。』

「そうかい!この大根、すごく美味しく育ってるぞ!!」

『そうなんですね!』



店主に話しかけられ、にこにこと嬉しそうななまえ。

何馴れ馴れしく話してんだ?とか、いちいち笑顔振りまいてんじゃねぇ、とか、言いたいことはいくつかあるのだが、少し離れて盗み見ている手前言い出せなくなってしまった。



じゃあこれにします!なんて人懐っこい笑顔で大根を一本購入したなまえ。
おいおい。あんな重そうな大根持って帰れんのかよ。

手提げ袋からはみ出した大根はなまえが持つにはとてもじゃないが重そうだ。


盗み見るのもここまでにして、持ってやるかと足を進めようとしたところ、八百屋から出てきた一人の若い男がなまえに近づいていくのが目に入る。




「なまえさん!!!」

『あ、息子さん。こんにちは!』

「あの、大根、重たくないですか?
よかったら、その、家までお待ちします!」




ハァっ!?

声がが出そうになるのを堪え心の中で叫ぶ。
いや、隠れる意味はないのだが。


あいつ、今何つった?




『いえ!このくらい大丈夫なので!!』

「そ、そうですか、、。」

『はい!お気遣いありがとうございます。』



は。

男の申し出を断ったなまえの言葉に落ち着きを取り戻すものの、明らかにしょぼくれる八百屋の息子?を見ると腹が立って仕方がない。

あいつ、絶対なまえに気があるだろ!!!
ぶっ殺す。
次なまえに近づいたらぶっ殺してやらァ。





『よし。次は、、、』


そうこうしていると、次の目的地へと足を進めるなまえ。どうやらまだ買い物を続けるようだ。




「なまえちゃん!こんにちはー!」

「おっ、なまえちゃん今日は一人かい〜?」

「なまえちゃん今日も可愛いねー!!!」




なんだあいつは。
街を歩くだけで色んな奴に声をかけられるなまえ。

可愛いつったやつぶっ殺してやろうか。

その一つ一つに笑顔で対応するからか、街の奴らは随分なまえに馴れ馴れしい。

いちいち笑顔振りまいてんじゃねぇわ。


もう我慢ならない。
なまえの笑顔も、声も、全部全部俺のもんだろうが。

その瞳が俺以外のやつを写すのがこんなにも気にくわない。


腕を引いて胸に閉じ込めて俺だけのものだという証を身体中に刻んでやりたい。


そんなどろどろの独占欲が胸を占めていると、視線の先のなまえが一つの店の前で足を止めた。





『こんにちは〜!もち米ください!』

「お!なまえちゃんじゃないか!今日は一人?野菜も持ってるけど、米も持って帰るのかい?」

『はい!そ、その、、彼がもうすぐお勤めから帰ると思うので、好物のおはぎを作って待っておきたくて、、』

「そうかいそうかい!お熱いねぇ!!」



なまえの言葉に固まる思考。

店主の言葉に頬を少し赤らめたなまえは恥ずかしそうに俯く。

その姿に胸に溜まったどろどろとしたものが溶けて消えていくのが分かる。

どうしようもなく溢れ出す愛しさはどうすればよいか。



店主からもち米を受け取ったなまえは、持つのも大変だろう荷物を抱え、足を進めはじめた。

『ん、おも。』なんて言いながらゆっくりと足を進める姿がおかしくてしょうがない。




「アホなまえ。」

『ん?んんん?っ!!!さ、実弥さん!!』



後ろから声をかければこれでもかというほどに目を大きく開けたなまえ。

あぁ。やっとその瞳に俺を写してくれた。



その愛おしさに耐えきれずなまえを腕の中に抱きしめると抗議の声が上がる。


『っ!ま、街中ですよ!!!』

「うるせェ。お前は俺のもんだろォ。」

『うーーん。そうですけど。』



体を離すと何だかんだ嬉しそうに笑うなまえにつられて頬が緩む。


『おかえりなさい!』

「ん、ただいま。」



なまえの荷物を片手に持ち、開いた手でその小せぇ手を握る。


見せつけるように八百屋の前を通り店主の息子をひと睨みするとうるせェなまえに小言を言われるが聞こえない。



屋敷へと続く道のりを、遅すぎるなまえの歩く速さに合わせて歩いた。



2020.2.21



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