8.あなたが
痛い。
鬼の長い腕に巻き取られた左手には鋭い爪が食い込み、抵抗もできず鬼の方へと引きずられる。
分厚い雲に覆われた空から降る雨はなんとも冷たく、心までぬくもりを奪っていくようだった。
死ぬ。食われる。
もっと生きたかった。
せっかく実弥さんに拾ってもらったのに。
そのことが一番つらかった。
実弥さん。あなたに何か恩返しがしたかった。
怖い。痛い。冷たい。死にたくない。
あなたに、会いたい。
『実弥さんっ、、!』
自分でもびっくりするくらい、弱々しい声だった。しかし、体も固まって、声も出せなかった今の私にしては上出来だとなんだか思った。
「残念だなぁ〜お前は俺に食われて終わ「風の呼吸、壱の型 塵旋風・削ぎ」、、あれ?」
食われる。そう思い目をきゅっと瞑ったそのとき、聞こえたのは一番聞きたかった声。
「声が小せェんだよォ。聞こえねェだろォが。」
『っ、、』
来るはずの衝撃の代わりに聞こえた大好きな声に目を開けると、目の前には鬼の大きな口はなく、下には鬼の頭を片手に持って綺麗な緑色の刀を携える実弥さんの姿。
「俺、頸、あれ、、なんでだあああ」
「うるせぇよ。俺のモンに触ってんじゃねェぞクソが。」
そう言って実弥さんに踏みつけられた鬼の頭は砂のようになり消えていった。
それとともに塵となっていく鬼の体に掴まれていた私の体は重力に逆らえず落ちていく。
『さ、実弥さん!』
助けてと言わんばかりに名前を呼ぶと、とんっと地面を蹴ってこちらに来た実弥さんは私を抱えて静かに着地をした。
「そんくらいでけェ声が出せねェでどうする。」
『ご、ごめんなさい。ありがとう、ございます。』
実弥さんの体温に、安堵と恐怖とが入り混じり、涙が溢れる。
怖かった。
死ぬかと思った。
「っクソ。あいつ、頸落とすだけじゃ足りなかったなァ。」
そう言って、私を地面に下ろした実弥さんは優しく背を撫でてくださった。
雨は降り続き、ずぶ濡れになった実弥さんと私の髪の毛からも、絶え間なく水が滴るのだった。
2019.12.16
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