5.声にならない怒り
目の前にあるのは今自分が組み敷いている女の泣き顔。
耐えきれず、というように溢れた涙をこれ以上零すまいというようにきゅっと閉じられた瞳からは一筋、また一筋と涙が溢れ落ちる。
その涙を拭ってやることもせず、顔の横に置いた手で女の手首をぎゅっと地面に押し付ける。
こいつは今なんて言ったんだァ?
怒りに狂っていた頭が女のーーなまえの言葉によって少し冷静さを取り戻す。
俺に、近づけて嬉しいだと?
後輩や仲間には怖がられ、継子もいなければ最愛の家族に「人殺し」とまで言われたこの俺に。
だいたい、なんで俺はこんなにいらついてやがる。
こんな女一人。どうだっていい。
たまたま拾って、家のことをさせているだけじゃねェか。
でもなぜだ。こいつから富岡の名前が出てくるのが、富岡のことを嬉しそうに話す姿が気に入らなかった。
いや、そもそも富岡が気に入られねェ。それは今に始まったことじゃねェ。
勢いで組み敷いてしまった、顔を真っ赤にして目を瞑るなまえを依然組み敷いたまま、自身の怒りの要因について考える。
俺は、こいつの何がそんなに気に入らなかったんだ。
恐る恐る目を開けたなまえは、その目に涙を溜めたまま懇願するような表情で俺を見る。
突然組み敷いたことによって乱れた衣服と吐息。俺だけを見つめる潤んだ瞳と真っ赤な頬はなんとも煽情的で、しかし依然として心には怒りとイラつきが残り握った手を離すことができない。
「なまえ。」
『はぃ、、、不死川、さん、、。』
名前を呼ぶと潤んだ瞳でこちらを見上げ、蚊の鳴くような声か細い声で返事をするなまえ。
そして俺の名を呼んだ。
あぁ、そうか。そういうことかよォ。
自身の心の怒りとイラつきの要因の心当たりをさぐった俺は、まだなまえの腕を離すことはできなかった。
2019.12.16
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