はじまり
朝。


クリサンセマムの一室、女子部屋のカーテンで仕切られたベッドに腰をかけ、心を落ち着かせる。





「朝食いこう!」と誘ってくれたクレアに、後で行くと伝えてからどれくらい時間がかかっただろうか。




胸からこみ上げる苦いものに、昨晩の悪夢を思い出し、膝を抱えて顔を埋めた。








ペニーウォートでの記憶。

看守と、暴力と、、、。





夢だ。終わったことだ。と心に言い聞かせても、朝食を食べに行く気にはならなかった。








「おい。」




『へっ!?』





ガチャリとドアの開く音とともに、不機嫌な相棒の姿。





「何回もノックしたぞ。」




『うそ、ごめん。』





私の様子に、ため息をついたユウゴは、不機嫌なままベッドに腰掛けている私の横に腰かけた。




高さのあった目線は交わり、その見透かされた視線に恥ずかしくなり、俯いてしまう。








「朝食、食わねえつもりか?」




『んー、ちょっと、気分じゃなくて。』







そういう問題じゃないだろ。という苦言が表情から伝わり、怒られる。と思ったところでそっと頭を撫でられた。







驚いて顔を上げると、少し困った顔のユウゴ。






「怖い夢でも見たか。」




『っ、、、』







そう言って、いつものように手を握ってくれた。




握られた手から伝わる熱に、安堵を覚えるとともに、堪えていた涙も溢れ出す。






怖くて、辛かったあの頃の記憶。




クリサンセマムでの楽しい日々の中でも、まだ悪夢として付き纏う。







「ったく。お前はいつまでも泣き虫だな。」





『ん、ごめん。あの頃の夢、見て。』




「っ、、そうか。」






明確にどんな夢だったなど、伝えなくても伝わってしまう。


それはペニーウォートでの日々、特に灰嵐により私たちがクリサンセマムとの出会いを果たす直前の日々のこと。






私の言葉に顔を歪めたユウゴは、握っている手と反対の手を頬に添え、指で優しく涙を拭ってくれた。






「お前なあ。そういう時は、ちゃんと俺に言えって言ってるだろ。」





『ごめん、心配かけたくなくて、、っ』






言い終わる前に引かれた腕、すっぽりとユウゴの腕に収まった身体。





全身に伝わる熱に、心の苦味が溶かされていくのが分かる。






「俺は、俺たちはもうあの頃とは違う。こうすることだって、いつでもできるんだ。」





『っ、、うん。』





ユウゴの香りが鼻をかすめ、心が落ち着く。
彼の言う通り。今の私たちには、自由を奪う手錠はない。







『ありがとう、落ち着いたよ。』





「そうか。なら朝飯食いに行くぞ。腹減ってミッションで力が出せないなんて言わせないからな。」




『はーい。』







ユウゴに手を引かれ、ベッドから立ち上がる。





何度も、私を悪夢から救い出してくれた手。





あの頃の悪夢がつきまとったとしても、何度でも、助けてくれるんだろうなと繋がれた手から伝わる熱に身を委ねた。


2019.7.28