8 弱さ
私の手首を掴んだまま、紅炎様は自室へと入り、部屋の真ん中でぴたりと止まった。
『こ、紅炎様!申し訳ございませんでした!』
声を出すと、また泣きそうになるが、歯を食いしばる。
私が悪いのだ。泣いてはいけない。
『仕事中なのに、あのようなこと…』
まだ紅炎様は、私を見ない。
沈黙が続く部屋の中。
「ジュダルのものになりたければ、なればいい。」
沈黙を破ったのは、紅炎様の声だった。
『…っ!!』
先ほどの冷たさは無いが、放たれた言葉に胸が締め付けられる。
もうだめだ。
『こ、紅え、ん、さま…っ、』
堪えきれなくなった涙は、堰を切ったように流れ出す。
どうして、どうしてそんなこと。
『わたしは、わたしは…っ』
ぽたぽたと床に落ちる涙。
掴まれていた手首が解放される感覚に、ぱっと顔を上げると紅炎様は振り返ってこちらを見ていた。
心なしか、驚きの色が見える。
『わたしは、うっ…神官様のものには…なりません…っ。』
嗚咽が混じり、上手くしゃべることができず、さらに、涙でよく見ることができないが、顔を上げ、紅炎様の目を見てそう言った。
誰のものにもなりたくない。
「なまえ。」
『…っ、はい…!』
ぽすっという音と共に、紅炎様は私の頭に手を置いた。
名前を呼ばれたその声からは、冷たさはない。
むしろ、この上なく優しかった。
「お前は、誰のものだ?」
その問いに、手の甲でごしごしと目を拭き、しっかりと紅炎様を見つめる。
『紅炎様の、ものです…!』
そうだ。
紅炎様以外、誰のものにもなりたくはない。
しっかりと伝わるように。
「分かっているならいい。」
『はい!』
そうして私の頭を撫でる紅炎様の手が優しくて。
また溢れ出した涙。
涙を我慢できないのは、弱いことだ。
急いで手の甲で拭おうとするのを、紅炎様の手によって制される。
「目が腫れる。」
そう言って、今度は指で優しく涙を拭ってくださった。
『こ、紅炎様っ!すみません!!』
私の涙で濡れた指先を、懐から出した水色のハンカチで拭く。
大きくて、ごつごつとした、綺麗な手。
神官様のそれとは、また違って逞しい手だ。
『…え?』
拭きながら、紅炎様の手のことを考えていたら、不意に手を握られた。
紅炎様の、あたたかく大きな手に私の手を握られているという状況。
どくどくとうるさい心臓に、どんどんと顔に熱がのぼるのを感じた。
「お前の手は、小さくて弱そうだ。」
そう言って、手を離した紅炎様。
紅炎様も、私と同じように私の手のことを考えていたのかと、少し自惚れてしまった。
いつのまにか止まっていた涙に、熱い顔。
席につき、何事もなかったかのように仕事を再開なさる紅炎様に、『お、お茶を淹れて来ます!』と一言言い、部屋を出た。
どくどくとうるさい心臓と、顔に溜まった熱はどうしようか、と廊下を歩いた。
2014.3.4
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