6 よーいどん
『よいしょっと。』
紅炎様の部屋から文官さん達の所まで書類を運ぶ。
書類だけでなく、巻物も何本かあり、結構たくさんの量だ。
紅炎様の言った通り、半分に分ければよかったかも。
途中に、雑巾で壁を拭いている侍女さんや、お花にお水をやっている侍女さんたちが目に入る。
ここの侍女さんたちは、ほんとうにみんな綺麗な人達ばかりだ。
そういえば、私も少し前まではあのように普通に侍女の仕事をしていたなあと思った。
今は紅炎様のお側に仕えることが多く、普通の仕事ができるのは、一日にほんの少しだったり、全くなかったり。
紅炎様は私をお召しになることが多い。
ちょっとしたこと、例えばこの前のように書庫へ行く時などでも私をお召しになる。
それは、ほんとうにありがたいことなのだと思う。
そんなことをぼーっと考えながら、歩く。
この角を曲がれば、すぐだ。
今日も煌帝国は晴天。気持ちがいい。
「おっ!なまえじゃねーか!」
『神官様!!』
目的地までもうすぐ、というところで名前を呼ばれ、振り返るとぺたぺたと裸足でこっちに来る神官様がいた。
「お前、それすげー量だな。重くねぇの?」
神官様は私が持つ書類達を指差して言った。
『大丈夫です!私、力あるんで!』
そう言ってその場で一周回ると、怪力女か!と言われた。違うわ。
神官様は私と歳が近いせいか親しく接してくださる。
そのまま2人で話しながら書類たちを提出した。
「あー、ほんとお前っておもしれーな!」
『なんですかそれ、バカにしてます?』
2人してケラケラと笑う。
神官様とのお話はいつも楽しい。
「てか、お前、そんなに力あんなら武官になれよ!」
『は?いや、無理に決まってるじゃないですか!』
「そうか?よし、なら腕相撲だ!」
は?
どの流れでそうなったのか本当によくわからないのだが、楽しそうにはしゃぐ神官様の後ろについて行き、中庭へと行く。
綺麗に手入れされた中庭の真ん中にある机と4つの椅子に、対面になるように座れと言われた。
『え、いや、これほんとにやるんですか?』
「あぁ!」
神官様は楽しそうだ。
ほんとうに子どもみたい。
『腕、折っちゃっても知りませんよ?』
それなら私も、と腕まくりをし、少し子供のようにはしゃいでみた。
「なまえ怪力だもんなー、こえー」
『か、怪力じゃないです!』
そんな私たちを、近くにいた従者さんたちがおもしろそうに見ていた。
「よし、やるぞ!」
『はい!』
そう言って、手を組む。
神官様の手は、大きくて男の子の手だなと思った。
だんだんと、ギャラリーの人も増えたような気もする。
もしかしたら後で先輩に怒られるかもと思ったが、まあいい。
「よーい、はじめっ!!」
侍女さんの声で腕相撲が始まる。
『うっ…!』
「おー、つえーな。」
神官様はやっぱりかなり余裕なようだ。
当たり前か。
涼しい顔の神官様を見ると、なんだか悔しくなって腕に集中する。
勝てるわけないのに、勝ちたいなんて思うのは悪いことなのだろうか。
相変わらず楽しそうに、おーとかつよいなーとか言っている神官様の声も気にならないほど、集中してしまっていた。
「なまえ、やっぱ、お前強いぞ!
な?紅炎!」
『はっ!?』
神官様が発した言葉に、ぷっつんと切れた集中力。
神官様の手により、力の抜け切った私の手の甲は机にぱんとついてしまった。
少し手の甲が痛い。
しかし、そんなこと言っている場合ではない。
腕に集中しすぎて、周りが本当に見えなくなっていた。
いや、だからといって、まさか、そんな。
恐る恐る、後ろを振り返ると、あろうことか無表情の紅炎様と目が合った。
2014.3.2
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