23 いくつもの
すぅ、と思い切り息を吸い込むと胸に広がる心地よい春の空気。
「見事だな。」
『はい!!』
書類仕事がひと段落し、今朝言っていた通りに紅炎様とやってきたのは中庭の桜の木。
今朝と同じく満開の桜はとても綺麗だ。
『せっかくなのでお茶とお菓子をお持ちしますね!』
桜の木の傍にあるテーブルと椅子にお掛けになった紅炎様は桜をひと目みるとすぐに書物を開いていた。
こうなるとはなんとなく思っていたが、やはりこの方は桜より読書のようだ。
「なまえ。」
『はい!なんでしょう。』
紅炎様が外で読書をなさるというだけで、けして私がお花見を出来るというわけではないのにどことなく嬉しい私。
紅炎様に何かお菓子などをお持ちしようとしたところ、呼び止められた。
「2人分用意しろ。」
『え、は、はい!わかりました!』
紅炎様のお言葉に目を丸くする。
誰かとご一緒なさるのだろうか。
「はぁ…」
『?…どうかなさいました?』
「いや、なんでもない。早く行け。」
『は、はいっ!』
紅炎様の意図が分からず首を傾げる私を見て溜息をおつきになった紅炎様にますます首を傾げてしまった。
紅炎様のお考えになることはやはりいつも分からない。
食堂に行き団子を2本もらい、いつものようにお茶を淹れてそれらをお盆に乗せて再び中庭へと向かう。
前に私の淹れるお茶は美味しい、と白瑛様に褒めて頂いたことがあるので、お茶を淹れるのはなんとなく得意だ。
中庭に着くと、大きな桜の木の下で書物に目を通す紅炎様。
少し離れてその光景を見ると、なんとも絵になるなあと思ってしまった。
しかし紅炎様はどなたとご一緒なさるのだろうか。
『お茶とお団子をお持ちしました。』
「ああ。」
『では、失礼します。』
「座れ。」
『…え?』
は?
今、なんて?
「さっさとそこに座れ。」
『い、いえ!私は結構です!』
「花見に誘ったのはお前だろう。」
そう言って、紅炎様は少し意地悪な顔をした。
そ、そうだったかな…?誘ってはいないはず…
『で、でも!どなたかご一緒なさるのではないのですかっ?』
「…?」
『いや、その…ふ、2人分…あ』
まさか。まさか…ね。
「馬鹿か。どう考えてもひとつはお前の分だろう。」
『そ、そんな!私は…っ』
「いいから座れ。命令だ。」
『う…』
出た。紅炎様必殺、"命令"。
渋々もうひとつの椅子に腰を下ろすと、紅炎様と向かい合う形。
目の前でお茶を啜り、お団子を召し上がる紅炎様に、「お前も食え。」と言われたので団子を口に入れたが、緊張で味は分からなかった。
廊下から中庭を覗く人々の視線が痛い。
今日はいい日だと思ったのに…
見上げると綺麗な桜にあたたかい春の陽気はなんとも心地よいはずなのに、緊張と自分の場違い感にずっしりと苦いものを感じた。
2014.4.6
更新に間があいてしまいました!
そして、中庭に行くまでの繋ぎをもう少し書きたかったのですが、書いたらよくわからん物ができてしまって、本編に置くのも気が引けたので"つぶやき"にはりました!
もしよかったらみてください。
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