21 溜め息
暖かい日差しが禁城を照らす中、煌帝国第一皇子である自らの尊敬する兄と並んで軍議へと向かう。
基本無口であり固い表情の我が兄上だが、最近少しその表情が柔らかくなったと感じる。
まあ、そう感じるのは自分ともうひとつ下にいる弟だけであろうが。
それほどまでに微妙な変化だからである。
そして、その理由が1人のけしてぱっとしない小娘であるということも。
「あ!炎兄ぃ〜明兄ぃ〜!」
変わらず無口な兄と廊下を歩いていると、角を曲がった先に見える綺麗に整備のされた中庭に見知った顔が二つ。
1人はその大きな目をきらきらと輝かせ、先ほどの声と共にこちらにひらひらと手を振った。
もう歳も歳なのに、私のことを"明兄"なんて呼び嬉しそうに手を振る姿にいつまで経っても子供だと呆れてしまう。
そして、その隣で慌てて膝を折り頭を下げるのが、原因のぱっとしない小娘だ。
私たち二人、正確に言えば私の隣にいる兄王様を視界入れた瞬間に背筋を強張らせたこの小娘は兄王様の侍女であるなまえ。
その慌てようは、小動物のようでなんともいえず可愛いと思ってしまったが、それを見る隣の兄王様の顔につい、溜め息が漏れてしまいそうになった。
兄王様はたいそうなまえを可愛がられておられる。
第一皇子が正室をとらないのはこの小娘のせいだ。と宮中で噂が立つほどだ。
「なまえ、顔をあげろ。」
『は、はい!ありがとうございます…』
そう、ぽんぽんとなまえの頭を撫でた兄王様の顔は先ほどから微細に、本当に微細にだが緩んでいるといっていい。
普通の人間なら分からないが、目の前のその変化に紅覇と2人で目を見開く。
こんな兄王様の姿は、本当に貴重だ。
『これから軍議ですか?』
「はい。そうですよ。」
今度は私の方へ目を向けて言ったなまえ。
ぱっとはしないが、優しそうで可愛らしい少女だと思った。
『そうなんですか!じゃあ、紅覇様もですよね?』
そう言って、次に紅覇の方へと目を向けたなまえは心なしか嬉しそうだ。
「なになまえ、そんなに僕にどっか行って欲しいの〜?」
『べ、別にそーいう訳じゃないですよ!』
隣にいる我が弟も、兄王様とはまた違った意味でなまえを好いている。
だが、よく虫やカエルなどを持って追いかけまわしていることから恐らくなまえは紅覇が少し苦手なのだろう。
その反応を見て喜ぶ紅覇はなんとも楽しそうなのだが。
「なまえのくせに生意気ぃ〜あ、炎兄、なまえずっと掃除さぼってたよ。」
『なっ!?さ、さぼってないですよ!紅覇様!て、適当なこと仰らないでくださいよう!』
紅覇の言葉に、ものすごい勢いで慌て出したなまえ。
こうやって見ていると、この2人は仲が良いのだろう。歳も近いし。
そう、ぼーっと考えている間も目の前の2人は仲良さげに言い合いを続けていたのだが、自分の隣でふつふつと冷たい空気を感じ、ぱっと隣を見るとなんともいえない表情の兄王様。
「なまえ。」
『は、はいっ!』
兄王様の呼ぶ声に、紅覇のときとは違い怯えを含ませた瞳のなまえ。
「俺の部屋に行け、今すぐに。」
『え、あ、でも、これから軍議なのでは…』
「命令だ。俺が戻るまで部屋にいろ。」
『は、はいぃっ!!』
『失礼します!』と、兄王様の命令によりダッシュでその場を去ったなまえ。
そして、その後を追うようにその場から去って行く兄王様に紅覇と2人で顔を合わせ驚きが隠せなかった。
「あの炎兄がねぇ〜。」
「前代未聞ですよ。まったく。」
2013.3.31
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