18 わからないこと
部屋に響くのは、時たま紅炎様がお茶を啜る音だけであった。
目の前にいる紅炎様は先ほど私が差し出した巻物に目をお通しになっていて、私はなんとも手持ち無沙汰だ。
お茶を持ってきてすぐに、部屋を出ようとしたところを「そこにいろ。」と短く言われたのだから仕方がない。
しかし、暇だ。
「なまえ。」
『はい!なんでしょう!』
「お前、雷が怖かったのではなかったか?」
『あ、はい…』
暇を持て余し、窓の外に視線を向けていた私に投げかけられた質問に目を丸くする。
どうして、私が雷を苦手なことをご存知なのだろうか。
紅炎様は、書物に目をお通しになったまま。
大方少し前の雷の日に騒いでいたのを見られていたのかなとあまり気にしなかったが、それはそれで恥ずかしいなとも思った。
『あっ、でもさっきは大丈夫だったんですよ!』
もしかして、先ほどまでの雷を心配してくださっているのだろうかと思ったが、さすがに自惚れすぎか。
「そうか。」
『はい!白龍様がいてくださったので!』
「…白龍?」
白龍様とのお話、楽しかったなあなんて思っていると、不意に感じた鋭い視線。
『紅炎様…?』
「なぜ白龍と居た。」
『そ、それは、偶然…』
書物から視線を私に移し、急に低い声になった紅炎様。
なんというか、完全に怒ってらっしゃる紅炎様にぽつりぽつりと倉庫に居たときの話をした。
「…」
わからない。
なぜ急に、紅炎様はこんなに不機嫌になってしまったのか。
「本当に、お前は…」
『す、すみません…』
白龍様のお時間を、取らせてしまったことだろうか。
でもお話をと言ってくださったのは白龍様だし。
いや、白龍様のせいにするのはよくない。
『…っ!いっ…!!』
頭を捻らせていると、いつの間にか目の前に来ていた紅炎様に手首を掴まれた。
その力は強く、握られた手首の痛みにいつかもこんなことがあったなあなんて呑気に思ってしまった。
「なまえ…」
『…ぁ、こ、紅炎様…』
急に顔を近づけられ、きゅっと目を瞑ったと同時に耳元で囁かれた名前は、いつもの紅炎様ではなく甘ったるい。
その声に、顔に溜まる熱にきゅぅと締め付けられる心臓、さらに手首の痛みに頭の中はむちゃくちゃだ。
紅炎様が、怖い。
「紅炎殿!」
次は何がくるのか、と恐怖で胸がいっぱいになったとき、コンコンというノック音と澄んだ声が響いた。
「白瑛か。」
「はい。」
扉の向こうへと紅炎様の意識が移ったと同時に、手首が解放されその距離も開いた。
「紅炎殿、少しお話が…なまえ?」
「入れ。」という紅炎様の声に、部屋に入って来られた白瑛様は私に気づくと少し目を見開き、いかにも心配そうな顔をなさった。
『ぁ、お、お茶をお持ちします…!』
そう言って、返事も待たずに部屋を出る。
目に溜まった涙を、両手の甲でごしごしとぬぐった。
2013.3.23
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