10 しるし
門の前では、紅炎様のお帰りに急いで駆けつけた人たちが、私たちと同じように息を上げ、膝をついてお迎えをしていた。
私とハルちゃんも同じように膝をつく。
絨毯から降りた紅炎様は、人々のお迎えに特に応えることもなく歩いていた。
そして、私の前で足を止める紅炎様。
『こ、紅炎様!おかえりなさいませ!』
一気に視線が集中するのを感じた。
心地よいはずがない。
「来い。」
『はい!』
そう言われ、立ち上がり紅炎様の後ろを着いて行く。
周りからの視線は穴が空いてしまいそうなほど強かった。
その視線に折れそうな心を抱えて紅炎様の後ろを着いて行った。
着いた先は、もちろん紅炎様の部屋。
今日、ハルちゃんと一緒に掃除をしたその部屋は、綺麗に整っている。
紅炎様の羽織っていたものを受け取り、衣紋掛けに掛けて皺を伸ばした。
『紅炎様、晩ご飯はお済みになったのですか?』
「あぁ。」
紅炎様は椅子につき、見たことのない書物に目を通していらっしゃった。
おそらく、今日何処かでお探しになったものだろう。
「なまえ。」
『はい。なんですか?』
もう私は部屋に戻ろうかと思ったとき、不意に名前を呼ばれ、振り向いた。
近くに来い。というように手招きをする紅炎様に従い、ゆっくりと近づく。
「手を出せ。」
『…?は、はい。』
言われた通りに両手を出すと、ごそごそと紅炎様は懐から何かを取り出し、それを私の手に乗せた。
『わ…綺麗。』
思わず目を見開く。
手の平に乗る、キラキラとした髪留め。
金属でできているそれは、小さな花のオブジェが付いていて、花の真ん中には赤とオレンジが散りばめられたガラス細工が付いていた。
しばらく手の平のそれを眺めていると、紅炎様が口を開いた。
「どうだ?」
『す、すごく綺麗です…こんなの、初めて…。』
本当に初めて見るほどの綺麗さに、言葉が出ないといった私を、紅炎様は楽しそうに見ていた。
「なまえ。」
『は、はい。』
「それはお前にやる。」
『えぇっ!?』
その言葉に、ばっと顔を上げて紅炎様を見た。
その顔はやはり楽しそう。だが、嘘は言っていないようだった。
『こ、こんな高価な物!私には…っ』
そうだ。
紅炎様からなにかをもらうといったことでさえ、侍女の私にはあってはいけないこと。
ましてやこんなに高価な物は絶対にダメだ。と、首を横に振る。
「そう言うと思った。」
私の反応は予想通り、といった様子の紅炎様は、私の手から髪留めを取り、立ち上がった。
こういうものは本当に、白瑛様や紅玉様がお似合いだと思う。
しかし、立ち上がった紅炎様は私の髪に手をかけ、手櫛で少し私の髪をとき、横の髪を耳にかけた。
『こ、紅炎様っ!』
「動くな。」
そう即答されたものの、紅炎様がなにをしようとしているのかはすぐに分かってしまうし、なにより距離が近すぎる。
私の髪をいじる紅炎様の胸板がちょうど目の前にあり、紅炎様の匂いがする。
近い。近い近い近すぎる。
すぐに心臓はどくどくと波打ち、その音は聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。
「よし。」
『…ぁ、…うぅ…』
熱くなった顔を上げると、嬉しそうな紅炎様。
「常に身につけておけ。命令だ。」
『は、はい…。』
命令と言われては仕方がない。と、窓に映る自分を見る。
真っ黒な髪に輝く髪留めは、キラキラとしてとても美しい。
こんなに高価で美しいものをいただいたのだ。
申し訳なく思ったが、それよりもやはり、紅炎様が私のために買ってきてくださった思うと、すごく、すごく嬉しかった。
『紅炎様。』
「なんだ?」
『あ、ありがとうございます。私は、その、とても幸せ者です…。』
にっこり笑ってお礼を言うと、紅炎様も同じように笑い、頭を撫でてくださった。
「似合っている。」
『は、はいっ。』
紅炎様の行い、発する言葉ひとつひとつに胸が高鳴り、熱くなる。
私は、こんなにも素晴らしい人に仕えているんだなと思った。
それと同時に、この人に全てを尽くそう。と。
2013.3.9
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