ぽつり、ぽつり
降り出した雨は、とどまることなく強さを増し、しまいにはゴロゴロと空が唸り始めた。
ざあざあ、ゴロゴロとなんとも騒がしい音とじめじめとした空気に気持ちが重くなるのを感じる。
こんな気持ちでやっていては、と鍛錬をやめ、自室に戻る。
「ん…?」
一際大きな雷に、きゃっ、というような声が聞こえた気がし、その方向へと目を向けると使われているのかもわからないような小さな倉庫が雨に打たれていた。
気のせいかもしれない。
が、別に急ぎのことも、この後の予定もなかったので、少々濡れてしまうことは覚悟でその倉庫まで走った。
「…なまえ殿?」
『え、あ、白龍様!!』
倉庫の中には主に古い書物が置かれ、その隅っこにうずくまる見覚えのある人影。
どうしたのかと尋ねると、苦笑いを溢した。
『紅炎様が、読みたいとおっしゃった書物を探しておりまして…』
ざあざあと激しい雨とは対照的に、ぽつりぽつりと話すなまえ。
『それで、雷が鳴って、動けなくて…』
私はもう少しここにいます。
と眉を下げるなまえは、口には出さないが雷が怖いのだろう。
『白龍様?』
心なしか震えている彼女の隣に自分も同じように腰を下ろすと、驚いたようにこちらへ目を向けた。
「なんですか?」
『お、お戻りください!ここは寒いので、お風邪をお召しになられたらいけません!それに…』
懐から可愛らしい水色のハンカチを出し、失礼します、と俺の髪についた雫を拭い始めるなまえ。
その距離が思ったりよも近くて、顔に熱が集まる。
「なまえ殿がここにいるなら、俺も付き合いますよ。」
『そ、そんな…』
「俺がそうしたいんです。」
笑ってみせると、なまえは少し安心したように笑った。
うん、かわいい。
「その代わり、なにか話をしてください。」
『話ですか?うーん…紅炎様がこの前読んでいた本が面白かったみたいなのですが、私はまだ読んでいなくて…』
「いや、そうじゃなくて、」
自分とは違う男の名前が出てくるのはいい気分ではない。
「なまえ殿のお話をしてくれませんか?」
『わ、私のですか?』
「はい。好きな食べ物の話など、なんでもいいですよ。なまえ殿のこと、もっと知りたくて。」
そう言えば、今度は頬を赤く染めるなまえは、ころころと表情が変わるので、見ていて飽きない。
なまえ殿は紅炎殿の侍女であるため、このように話すのは初めてだ。
だいたい、侍女とこんなに近くで話すことさえも初めてだろう。
『で、では、』
動物が好きだとか、歌が好きだとか、ぽつりぽつりと話すなまえに、まだ雨は止まないでくれと思った。
そして、握りしめた水色のハンカチを次に会うときの口実にできると思うと、口元が緩くなった。
まだ、始まったばかり。
2014.2.28
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