不安
『ん…?』
夜中、だと思う。
寝床についてからどれくらい経ったのかはわからないが、外が暗闇に包まれていることから、まだ朝が来たわけではない、と思った。
こんな時間になぜ目が覚めたのか、その理由を探すのにほとんど時間は要らなく、目の前に見つけた黒い影に視線を移す。
シルエットで誰が立っているのかはすぐ分かったので、警戒することもない。
しかし、ドアの向こうの廊下の明るさによってその表情は読み取れなかった。
『紅覇?』
ああなにかしゃべらなきゃと、とりあえず名前を呼んでみたが返事はない。
やっぱりまだ表情は読みとれない。
うーん、どうしたものか。
だんだんと覚醒してきた脳に命令させ、寝台から足を出す。
少し肌寒いので、カーディガンを羽織る。
そのまま紅覇の表情を見るために一歩踏み出すと、急にお腹に軽い衝撃、視界がぐるりと回り、目を開けると薄暗い天井が見えた。
そして、お腹にぎゅうと巻きつく腕は紛れもない紅覇の腕。
タックルされたのか。
紅覇はなにも話さず、ただ私の肩に顔を埋めていた。
『紅覇ー?』
頭をわしゃわしゃと撫でてみる。
綺麗な髪の毛。
手櫛をしてみても全く絡まらない。
『よしよし。』
そう言って頭を撫でていると、うーっと唸りが聞こえた。
首筋が少しくすぐったい。
唸ったままの紅覇に風邪を引かないようにと羽織ったカーディガンを取って羽織らせる。
「ねぇなまえ。」
どれくらい経っただろうか。
やっぱりまだ肩に顔を埋めたまま紅覇は呟いた。
「人ってすぐに死ぬんだ。簡単に。」
いつもの紅覇とは違った弱々しい声。
顔を埋めているのでまだ表情は見えない。
紅覇は武人で、とても強い。
この歳で何人もの人を殺してきたのだろう。
それゆえに人間の脆さや弱さも知っている。
『紅覇、こっちみて。』
紅覇の頬に手を添えて顔を上げさせる。
なんとも言えず悲しそうな目。
こんな悲しい目してほしくないなあ。
『怖い夢でも見た?』
「ばかにしてる?」
不服そうな顔、少しかわいいなんて思った。
『してないよ。』
「なんだよもう、僕は、」
僕は、と言って言葉を詰まらせた紅覇の目を見て首を傾げると、なんでもない、と目を逸らされた。
『紅覇、』
こっちみて、と言って目を合わせる。
『大丈夫だよ、私はどこにも行かないし、紅覇より先に死んだりしないから。』
「っ、…うん。」
少し驚いて、なにか言い返そうとしていたが、やっぱりやめたという感じで紅覇は横に寝転んだ。
そのま私をぎゅっと抱きしめる。
『素直だね。』
「うるさい、寝ろ。」
『はいはい。』
紅覇の不安が消えますように。
そう思いながら目を閉じた。
2014.2.21
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