滑り落ちるもの-3



 しばらくぐるぐるとサラボナを練り歩いて浮かれた気持ちを落ちつけていたが、人気のない木の下に彼女の姿を見たことでその気持ちは萎んでいった。

 葉が青々と生い茂り雨粒が光る木の下に彼女はいた。彼女は朝着ていた服でなく、白い薄手のネグリジェのようなワンピースを纏い、こちらには背を向けるようにして佇んでいた。立ち位置の関係で表情は見えなかったが、私はうっとりとその姿に見とれてしまう。

 結ばれていた髪を解いて何も装飾がない髪はゆるやかに背中まで伸び、白くきめの細かい肌はネグリジェとよく合っていた。白くふんわりとしたそれは、彼女をさながら天使のように彩る。
 どこか儚く物憂げな雰囲気を漂わせる美しい彼女を見て、私はどうしてもその顔が見たくなった。気づかれないようにそっと、少しだけ横に移動すると、彼女の頬に伝うそれを目視した。

 涙。

 はらはらと零れ落ちていく涙なんてお構いなしなように彼女は長い睫毛を伏せていたが、それは止まらない。

 涙は朝の光を受けてきらきらと輝き、彼女のネグリジェを微かに、だが確実に、濡らしていった。

 自分はいつの間にこんな底意地の悪い女になってしまったのだろう。恋を失う女性の泣き顔に見とれてしまうなんて。本当は、彼女を気遣い去るべきなのに。

 だが身体は動かない。心も、そこから一歩も動かない。動けなかった。

 木の下に佇み泣く女性。

 それだけでは済まされない美しさが彼女にはあった。



 昔本で読んだことがある。遙か遠くの天空に住まう天空人は、それはそれは美しいのだと。
 それを知った幼い私は、父にどうしても逢いたいとせがんだが、父はこう言って私の駄々を交わしたのだ。
 「美しい天空人、その姿を見ただけで人は心奪われてしまうんだよ。だから、天空人に逢うということは、自分の全てを奪われるということなんだ」
 それを聞いた私はひどく恐ろしく、そしてひどく興味を惹かれたことを覚えている。


 私はふと、ひとつの結論にたどり着く。


 もしかして彼女は、天空の―――?








 いや、そんなはずはない。天に住まうものは魚が陸に上がれないように、恐らく地上へはこないだろう。いくら美しいからとはいえ、そんなお伽噺と重ねるなんてどうかしていた。

 私が思案している間に彼女はいなくなっていた。

 私も、彼がヴェールをとりに行っている間に、身支度を調えなけれれば。









 今日、私は結婚します。

滑り落ちるもの




  

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