白金の羽 | ナノ

フロム、彼女。








「旦那、お嬢さんストップストップ!あっちの扉から出たら行けるから!だからそこの穴飛び越えようしないで!」

レイがそう叫んだのは、アドリアとミナモが協力して(といってもアドリアがミナモを穴の向こうに投げようとして)いるときだった。

「本当!?どこ?」

「危うく本当に投げるところだったよ」

ミナモの両手首を握って回り遠心力で飛ばそうとしていたため、レイの言葉を聞けばアドリアはほっと息をつきミナモの手首から手を離した。よくよく考えれば脱臼してしまうかもしれなかったし、やらなくて本当によかった。

「ほらこっちだ。」

レイはまだ魔物がいないのを確認すると、巨大な穴のふちを歩いていき、少し歩くと昔は台所だったらしい流しのようなものがあるスペースにたどり着いた。その流しの向かいの壁には、なんと扉がある。その扉を開けると、穴の向こう側の空間に繋がっていた。

道中一匹だけ出会ったタホドラキーをレイが切り倒して、一行はそんなに苦労せず本棚のある部屋につくことができた。何事もなくここまでこれたことに、アドリアはまたも安堵でため息をつく。

「でもなぜここに?奥へ進む階段ならこの本棚たちの向こう側にあるのに。」

ミナモが本棚にぎっしりと詰まった本のうちの一冊を慎重に抜き取りつつ問うた。

そう、アドリアたちがいるこの本棚だらけの部屋の、本棚と比較的薄い壁を挟んだ向こう側には階段があった。しかしこの部屋の出入り口は階段があるところと正反対にあり、若干遠回りしたことになる。

「母国の本棚にくらいなら、少しは置いてあると思ったから。レオコーンのことを書いたものが」

アドリアも無造作に本棚から本を引っ張りだしてみる。アドリアが適当にとった本は、色褪せながらも上品なロイヤルブルーの背表紙に、国の紋章のようなものが大きく表紙に刻まれた『ルディアノ風結婚式の手引き』だった。婚約の決まり文句を並べただけで数十ページにもわたるその本を、終わりの方から数ページ捲って開く。

『ルディアノで結ばれたふたりが踊るダンスこそ式のメインイベント。恥をかかぬよう気をつけよう。』大体そんな内容だった。

アドリアが『ルディアノ風結婚式の手引き』を本棚に戻す頃、レイは普通の本よりひと回り小さいサイズの濃紺の背表紙に金文字で『日記』と刻まれた本を開いていた。そこにも、ルディアノの王国の紋章が小さく入れられている。

レイが『日記』を閉じたのを見て、アドリアが何て書いてある、と訊くと。

「セントシュタインが一節に出てきた。セントシュタインより使者がルディアノに訪れて、これからは交流が盛んになるだろうと書いてある。」

「んん?セントシュタイン、やっぱりルディアノを知っていたの?王様はああ仰ったけれど、当時のルディアノ国民の日記にはセントシュタインが登場しているのだから」

めぼしいものがなかったらしいミナモがひょっこり顔をのぞかせた。

「もしルディアノがセントシュタイン王家からも忘れられてしまうほど昔に滅んでいたなら、そうであってもおかしくないんじゃないかな?」

アドリアが顎に手をあてて唸ると、サンディがアドリアのポケットから飛び出た。

「ええっ、じゃあもしレオコーンがそのメリア姫サマに逢えたとしても、そのお姫サマはとっくのとうにガイコツになってるってコト!?」

アドリアとミナモの頭の中を、黒い兜から頭蓋骨が見え隠れしているレオコーンとフィオーネ姫そっくりの服をまとって、首飾りをつけた骸骨のメリア姫がワルツをする光景が浮かぶ。

「どうした?」

「ううん……なんでもない」

別の本を読みふけっていたレイが振り返ると、アドリアとミナモはゆるゆるとかぶりを振った。

あらかたの本のタイトルを見たがこれ以上レオコーンに関係するものはなさそうで、そろそろ階段のほうへ行こうとレイが言ったころだった。

「ヤ、ヤバッ!」

アドリアたちを待ちきれず既に扉付近で漂っていたサンディが、顔色を変えてアワアワと飛んできてミナモのターバンのすそにしがみついた。それとともに、鼻が曲がるような異臭があたりに漂う。
アドリアもそろそろサンディという生き物がわかってきた。サンディがミナモにくっついて身を隠すというのは、サンディにとってひとつの防御法なのだ。

アドリアが察してレイの肩を叩こうとすると、突如出入口からわんさと魔物が新入してきた。腐乱した臭いを引き連れてやってきたのは、骸骨一匹とメーダが二匹、ベビーマジシャンが三匹。やたらと数が多い。

「きっと聖水の効果がきれたの!」

ミナモが短剣を構えて叫んだ。異臭で顔はこわばっていたものの、すでに考えは巡らせているような顔だった。

「今まで避けてこれたぶん、一気にきたってことかな……」

「ちょ、ちょ!ノンキにしゃべってていいワケ!?」

すぐそこまで来てるんですケドー!と叫ぶサンディの声をがんがんと頭に響かせながら、三人は本棚を背にしてひとまとまりとなった。

「厄介なのからわけると、まず面倒なのは骸骨だ。次にメーダ、ベビーマジシャン」

申し訳程度にボロきれをまとい剣を持つ骸骨と、オレンジと紫というおどろおどろしい色合いに足がわんさと胴体にくっついたメーダ、一つ目で青の三角帽子とローブを身につけたベビーマジシャンはじりじりとこちらに近寄っており、サンディの言う通り話している場合ではなさそうである。アドリアが剣を握ったそのとき、レイの横腹に骸骨が持つ剣が迫っていた。

「レイさ……!」

アドリアが声をあげかけるも、骸骨の持つ剣はがつんと音をたてて鱗の盾に阻まれている。
そして驚いたことに、レイはそのまま盾を身に引き寄せると、骸骨を盾で押し始めた。脆い骨のみの身体では押される力に耐性がなかったようで、骸骨は引きずられるように壁際まで押し込まれている。
レイは一気に息を吸い込むと、小さく唸ってから万力の力を込めて骸骨をつぶし、骨の軋むような音が数回聞こえたと思えば骸骨は砕けて転がっていた。

「さすが城付き兵士だけあって、盾だけでどうにかできんのね。」

サンディがミナモのターバンにくるまれながらもそもそと喋っていると、次はメーダ二匹がアドリアめがけて襲いかかかってきた。

「……ったい……」

メーダの触手はそれほど長くはないものの、触れるとぬめりと濡れていて微かに触れた手が痺れる。アドリアはメーダに触れられた剣を持つ方の手の甲を左手で無意識に握った。

アドリアがいさ反撃せんと剣をメーダのうち一匹に振るってみるが、それはまるで水中に浮かぶ木の葉のようにするりと手からくぐり抜けてしまう。数回試してみたがゆるゆると触手が揺れるだけで、頬や手に痺れを負ったアドリアに比べれば露ほどのダメージも受けていないだろう。

(剣でダメージを与えられないなら)

呪文しかないと、アドリアは剣を柄に戻した。

「ちょ……アドリア!?剣は……」

アドリアから少し離れた本棚の近くでベビーマジシャンと戦うミナモが、大切な攻撃手段を柄に戻したアドリアを信じられないという顔で見た。

「うん、大丈夫」

アドリアは、新しく集まってきた魔物を出入口でせき止めているレイとミナモの距離を確認した。

自分はここまでなにをやってこれただろうと、アドリアは考える。度々ふたりの足でまといになり迷惑をかけたが、アドリアとてそこで止まろうとは思っていなかった。だからこそアドリアは、ルディアノまでの道すがらこっそり呪文の練習も少しばかりやっていたのだ。魔法使いには及ばないだろうが、アドリアは自分がそこまで魔法の扱いが苦手だとは思っていなかったのである。もちろん、レオコーンとの戦いでの自分のヒャドの威力の低さも理解しているつもりだった。

呪文をコントロールするには杖がいる。だが絶対ではない。杖はいわゆる、呪文を一番扱いやすくするためのものだ。呪文の威力を先端に込められるのなら、それは杖でなくてもいい。剣でも扇でもいいのだ。素手でだって、魔法は使える。

(先端に魔力を集中させる)

アドリアは手を合掌するようにくっつけて、二匹のメーダに突き出した。

「風の刃、バギ!」

メーダの意識が突き出した両手に向かれた途端、アドリアは一度両手を離して大きくパァンと鳴らす。するとアドリアの指先から垂直線上にあるメーダの目の前で、風がどこからともなく吹き始めた。それは次第に大きくなり、メーダが飛んでいられなくなるくらいに風が勢いをつけた頃には、メーダは床に転がっていた。

「よかった……成功するか不安だったんだよね」

アドリアが安心したように胸を撫で下ろしていると、突如ミナモが「アドリア伏せて!」と叫び、アドリアは反射的に瓦礫が転がる床に身を伏せた。その瞬間、耳が痛くなるほどの爆発音が轟きアドリアの痺れた頬に溶けかけの氷がくっついた。
瓦礫が飛び交う部屋の中で、未だアドリアは身体を伏せたまま「なに、これ!」と叫んだ。

「私のイオ!どんどん魔物が入ってくるものだから、本棚もろとも壁を壊したの。階段までの近道になるように。」

ミナモも同じく叫び、アドリアはやっと状況が理解出来た。瓦礫が飛び交うのは収まったが、次は濃い煙が現れてしまって視界がゼロに近くなってしまった。

「煙が失せないうちに各々階段まで移動な!」

次に響いたのはレイの声だった。今となってはレイは三人の中で一番階段まで遠い。

アドリアは見えないだろうなと思いつつ頷くと、ほふく前進して瓦礫を乗り越えた。時々びりりと服が裂ける音が聞こえるが、もうこの際気にしていられなかった。
かつては本棚だっただろう山を乗り越えると煙は大概なくなっており、アドリアはほふく前進をやめて階段を駆け上がった。




アドリアが上ってきた階段はひとつのフロアにたどり着き、そこはアドリアたちが先程までいたフロアよりも随分小さく静かだった。アドリアが上った階段のすぐ側にさらに上に上がることができる階段が備えられており、アドリアはそこに腰掛けてレイとミナモを待った。

「ひー、おっどろいたなあ」

「まさかあんなにどばどば来るなんてな。」

レイとミナモは上に上がってくるなり、へらりと笑い始めた。精神力が強いのはよいことだが、つい数分前に魔物に襲撃された者達としては明るかった。
ふたりはどちらも煤と埃で顔や衣服を黒くしているも、とくに気にしたようすではない。というか、それを一番気にしていたのは自称乙女のサンディだった。

アタシのバッチリキューティーメイクが台無しじゃない!とどこからかラメがつけられた手鏡をのぞき込むサンディはひと通りごちていた。

「いっそ落とした方がいいんじゃないの?」

アドリアがそう言うと、キッと睨まれてしまった。





三人はお互いの無事を確認したあと、三人は近くにあった階段を登った。
登ってからわかったが、やはりルディアノ城はそこまで高さがなかったようで、その階段を登るともう屋上だった。元々は屋根や上の階があったかもしれないが、捜索する身としてはありがたい。

その階段を登りきり屋上に上がったあとはほとんど一本道で、道なりに進んでいくと大きな扉が見え、開けるとそこにはまた下に下る階段があった。

「下る?」

「これ以上道がないからここでいいんじゃないかな。なんだかんだでレオコーンにまだ会えていないし」

首を傾げたミナモに軽く頷いてみせると、三人はまた階段を下りる。下りたさきのフロアは今までのフロアよりかなり広く、見た限り玉座の間らしかったため時間がかかると見て、アドリアたちはもうひとつ階段を下りることにした。

魔物のうろつく部屋を予想していたアドリアたちの予想は裏切られ、その部屋には魔物が1匹たりとも巣食っていなかった。
埃が分厚く積もった上品な紫の天蓋付きベッドにふたりがけの小さめなテーブル、マナーの本から絵本、花言葉の本まで詰め込まれた本棚はすべて可愛らしく淑やかで、自然とこの部屋に住んでいた人間の人柄が現れているようである。

「このひと……」

アドリアとレイが部屋を眺めていると、ふいにふたりに背を向けて壁を見つめていたミナモが声を上げた。

アドリアとレイが振り返ると、壁にかかった肖像画が見えた。色褪せてはいるが、頭の高い場所でひとつにくくった豊かな栗毛の女性である。女性は血潮のように紅い首飾りを胸元で光らせており、純白のドレスの上でそれは強く光り輝いているように見えた。

何より驚いたのが、その女性がセントシュタインのフィオーネ姫に酷似していたことだ。

レイもシュタイン兵として何度か目にしたことはあったらしく、アドリアとミナモと同じく口をぽかんと開けて肖像画を見つめている。

「ここは黒騎士の言ってたメリア姫の部屋だったのか……」

「そうらしいね。似ているとは言っていたけど、まさかここまで瓜二つだなんて」

間違えるのもわかる、とミナモはレイの問いかけについてため息をついた。

「ここがメリア姫の部屋なら、心苦しいけど部屋を少し調べよう。ルディアノが滅亡した理由がわかるかもしれない」

アドリアのひとことにより、三人はばらばらにメリア姫の部屋を調べて回った。



アドリアが見つけたのは、ベッドの近くの文机に開いたまま置かれた誰かの手記。脆くなりやすくなっているため慎重に持ち、掠れかかった文字を読んだ。

『……黒バラの騎士よ。わたしは行きます。遠い異国の地へ……。……あなたのことを忘れたわけではありません。……ルディアノの血が絶えぬ限り……わたしはあなたを……。いつか……。』

黒バラの騎士――レオコーンに別れを告げるような内容は、メリア姫の書いたもので間違いないと思われた。掠れてしまってところどころ読めなくなっているが、文からして、いつまでも帰ってこない恋人の帰りを何らかの事情で待てなくなり嫁ぐことになった、というのに近い気がする。王族の姫は大抵十代で嫁ぐというのは天界で習った記憶があるし、国としても年若い姫を死んだかもしれない男のために老衰するまで嫁がせてやらないわけにもいかなかったのだろう。

今でも必死にメリア姫を想い続けるレオコーンが、メリア姫がもう城には居ず、さらには死んだと思われる事実を受け入れるときがくるのだろうかと思うと、アドリアは鬱々とした気分になった。



レイが見つけたのは、本棚の隙間に挟まれていた手紙であった。折り目ひとつなく保管されていたようすを見ると、とても大切にされていたと見える。レイはすでに封を切られた封筒から手紙を取り出し開くと、内容を読み始めた。

『姫のお気持ち大変嬉しく思います。しかし私は魔女討伐を果たさねばならぬ身ゆえ……。どうかそれまでお待ちください。私の心はいつでも姫とともに。騎士レオコーン』

これで合点がいくとレイはひとり頷いた。エラフィタでの村人が言っていた真っ赤な目の女の魔物とは、この魔女のことだろう。

しかしそれにしても、とレイは薄ら笑いを浮かべた。婚約者がいる身でありながら、黒騎士は魔女討伐など行くべきではなかったのだ。生きて帰るかもわからない任につきながらひとを待たせるなんてと、レイは一、二度しか会ったことのない黒騎士に対して感情が冷めていくのを感じた。

「まあそれでも、関係ない俺からは何も言えないけどな。」

レイは丁重に手紙を封筒に入れ直すと、元あった場所に戻した。



ミナモが見つけたのは、メリア姫のタンスの中にしまわれた日記だった。鍵のついた下段に入っていたが、鍵が壊れてしまっていてすぐ開けることができた。
日記は追いついた色合いのエメラルドグリーンで、小さくY.Cと刻まれていた。思っていたより劣化されていないのをひと通り確認すると、一番最初のページをめくった。

『わたしのお祖母さまがルディアノの人だったとは聞いておりましたが、まさかわたしが、ルディアノのお姫様の小間使いになるなんて思いもしませんでした。お父さまのお屋敷があるサンマロウで生まれ育って、そこで老いていくと思っていましたから。』

小さくて丸い文字がびっしりと並んでいる。この日記はメリア姫のものではない、サンマロウ出身のメリア姫の小間使いのものらしい。

『ですがルディアノは、小さい田舎貴族の集まりであるサンマロウよりずっと大きくて驚いています。最初子供に見間違えられたことを除けば周りのひとたちもとてもよい方々で、これでサンマロウの両親にもいい報告ができるでしょう。』

小間使いの少女がルディアノで働き始めてから辞めるまで書かれたこの日記を、ミナモは一気に途中を読み飛ばして最後のページまでめくった。

『サンマロウのお父さまが病に伏せたと知って、わたしは小間使いのお仕事を辞めさせていただくことになりました。務め始めて数年経ち、わたしはルディアノのことがすっかり大好きになっていて、離れるのをとても淋しく思っています。ですが、メリア姫がレオコーンさまとご結婚されると聞いて、これでわたしも安心してお暇をいただけるというものです。』

ここまで書いてから、文調が少し変化している。

『メリアさまがこの日記を欲しいと仰られて、これでも驚いてるんです。こんなものをお姫様に読ませてしまってよいのだろうかとも思うのですが、メリアさまに恥じるような内容は書いていないと思いたいです。』

『メリアさまはご存知ないかと思われますが、わたしのこの名前、メリアさまがお産まれになったことを知ったわたしの祖母が、よく似た名前をわたしに付けたんですよ。そのこともあって、わたしは最初メリアさまにお目にかかるときにとても身構えました。わたしの期待した通り、メリアさまはとても素敵なひとでした。霊が見えるという奇怪なわたしに、まるでなんでもないように頭を撫ぜてくれたのはあなたがはじめてでした。』

このあとはつらつらと別れの詩が書かれ、最後には『わたしの敬愛するメリア姫さまへ。ユリア=カニャッツォ』と添えられていた。

(……ユリア?)

ユリアとは、レオコーンが言っていたミナモに瓜二つという女性のことだったはずだ。

(それに、出身がサンマロウなんて)

サンマロウはミナモの母が生まれた町だった。それも含めて、ミナモはユリア=カニャッツォという女性のことが気になってならない。
ミナモは申しわけないと思いながらも、エメラルドグリーンの日記を懐に入れた。




「それで、何かあった?」

アドリアがそう切り出すと、レイがにっと笑って収穫した情報を話す。ミナモはなにも見つからなかったようで、肩をすくめた。

アドリアは気にすることはないよとミナモの背中をぽんと叩くと、三人はメリア姫の部屋を後にし、玉座の間へと向かった。

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