白金の羽 | ナノ

呪われし王国


エラフィタに設置されていたエラフィタ周辺の地図を見るにあたり、エラフィタから北西の位置に広大な敷地があることがわかった。不思議なのはそんなにも大きな敷地がありながら城や町があるわけでもないことだ。レイ曰く、周囲を海や岩山に囲まれた立地は城を構えるには最適で、大した欠点でもなければなにも造られないわけがないらしい。
地図から抹消されていることについては置いておくこととして、北西ということもありアドリア達はエラフィタでは滅びの森と呼ばれる場所に入ることになった。

「さすが滅びの森とだけあるよ、このありえないくらいの毒沼」

アドリアたちがその足を止めたのは、アドリアが毒沼に左足を突っ込んだあたりである。毒沼に触れた場合、すぐに毒消し作用のあるもので浄化しなくてはならないため、アドリアたちはその場にとどまり休憩も兼ねて傷を癒すことにした。

「いった、痛い」

「我慢してね」

雑に刈られた切り株の上に座るアドリアは、ミナモに万力の力をこめられて手当てされていた。
ミナモは薄い手ぬぐいにすり潰した毒消し草を包んで患部にごしごしとこすりつけているのだが、これが力が強いのと毒消し草がしみるのとでとても痛い。

「まさか旦那、毒沼にそのまま足突っ込むとは思わなかったよ。」

そう言うレイは、半笑いで木の枝で切った手の甲に微量の薬草をすりこんでいる。

「だってあそこ、毒沼通らないと前に進めないつくりじゃなかった?結局俺が左足入れちゃったあとレイさんとミナモさんは器用に避けて通ってたけどさ」

今もなお与え続けられている痛みに歯を食いしばりながら絶え絶えにアドリアは述べた。

「それよりミナモさん、もうちょっと優しく……」

「無理無理、このあとすぐ歩かないといけないんだから即効で治すためにはこれくらいやらないと」

アドリアのお願いをいともたやすく一蹴したミナモは落ちかかったアドリアのズボンの裾を再度捲り上げると、毒消し草を刷り込むのをやめて細い布で薄紫色に変色した患部に巻き付けた。
よくよく考えてみれば、ミナモとて好きで出会って日の浅い男の足元に跪いて足の傷の手当なんてしているわけではないだろうし、ここまでやってくれただけありがたいのかもしれない。

「うん、手当はしたから痛みはなくなってるはずだよ。本当はキアリーが使えれば一瞬で治るんだけど、この中の誰も使えないからね。患部の変色もじきに収まるから。」

「うん、ありがとう」

裾直すのとブーツはくのは自分でやってねと冗談混じりに言われて、アドリアはいそいそとショッキングピンクのそれらを直した。

「なあ、そろそろ日付けが変わるころじゃないか?このあたりは時々霧が出るから今のうち進んでおこう」

レオコーンがエラフィタに訪れたのが夕方を過ぎた頃で、アドリアたちがルディアノに旅立ったレオコーンを追って村を出たのが夜。それから数時間歩いたので今はもう真夜中だろう。

レイが持参したらしい望遠鏡を覗き込みながらそう言ったのをきっかけに、アドリアは重い腰をあげて、アドリアたちはまたルディアノへと歩き出したのだった。






「あれじゃないか?」

望遠鏡で覗きこんで指さしたのは、鬱蒼とした木々の中。レイがミナモに望遠鏡を渡そうとすると、夜目がきくからと断られアドリアのところにまわってきた。目は悪い方ではないアドリアも、真夜中でやや霧の立ち込める場所ではあまり見えなかったのでありがたく使わせてもらう。

「あれは……城。随分崩れてる」

漆黒の闇を通り過ぎて薄く白んできた空に浮かび上がってきたのは、黒い木々に囲まれた城だった。ただ、城と呼ぶにはあまりにもそれは寂しすぎた。ほとんど壁は崩れかかって、台風かなにかが直撃したかのような荒れようだった。人気もあるとは見えない。

「もしあれがルディアノ城だったんなら、黒騎士が探してるメリア姫は」

「メリア姫どころか、ルディアノのひと達って」


口々に述べたレイとミナモも、その先は言いがたかったようで口をつぐんだ。アドリアとてそうだった。城がこのような状態ということは、すでにルディアノは滅んだと言っていいという状況である。それならば近隣のエラフィタやセントシュタインの人間が知らなくても無理ない。

「でも、レオコーンはきっとあそこに行ったはずだよ。」

荒れ果てた祖国に帰って、レオコーンは何を思うのか。

彼の事情に首を突っ込んだ以上、アドリアたちは進まなくてはならない。

アドリアはそう思って、ルディアノへと左足を踏み出した。





ルディアノは近づけば近づくほどひどい有様で、壁もなくなりかけているどころか、中央の建物以外屋根も壊れて空が見えるほどだ。
レオコーンはルディアノの入り口で黒馬に跨ったままたたずんでいる。

「……すごいな、これ」

口を抑えたレイはルディアノを見渡すとミナモと共にアドリアに向き直った。振り返ったミナモの顔面は青白である。

「まさかこーんなことになってるなんてね。あんたたち本当にどうにかできるワケ?」

ミナモのターバンにくるまっていたサンディが零した言葉には頷けるが、こうなった以上どうにかしなければならない。

ふたりの顔を見たあと、アドリアは少し離れた場所からレオコーンに声をかけた。

「レオコー……」

「これが……これがルディアノ城というのか……?私は城がこのようになるまで、一体何を……。メリア姫は……?」

レオコーンはアドリアの言葉を聞いているのかいないのか、うわ言のようにそれをつぶやくようすは出会った当初に戻ったようであった。呪いをその身体に纏うかのような恐ろしさたるや、彼を本当の魔物に見せるほどである。

「姫……メリア姫えええっ!」

そう叫んだレオコーンは我を忘れたように黒馬を蹴って城の内部へと進んでいき、なんなく魔物や瓦礫をよけてまたアドリアたちの目の前から消えてしまう。

「レオコーン!」

アドリアが追いかけようとすると、レイに静止される。周りを見ろと合図されて辺りを見回すと、いままで見たことがない魔物がおびただしい数徘徊しており、アドリアの大声で数匹こちらに興味を向けてしまったようだ。

「この数を相手にするのは無理だ!一旦ここから離れよう」

その言葉でハッとしたアドリアは、こっちだと手招きしたミナモについていき離れの建物に入っていく。ミナモはレイが入って扉についたてをたてるのを見ると、屋上に出ることができるつくりになった建物の屋上部分に上がっていき、アドリアが見に行ったときには小汚い宝箱に手を突っ込んでいた。

「何やってるの?」

「お宝捜し」

離れの屋上部分に上がると、離れがルディアノ城へ繋がっていることがわかった。しかし渡り廊下は崩れてとても渡れる状態ではなく、そこから渡るには無理がある。しかし逆に、レイが入り口を塞いだことによってここの離れに魔物が出る確率は極限まで下がったといえる。

「そんなことしてる場合じゃ……」

「ん、わかってるよ。でも、鍵とか取りこぼしちゃったらお城に入ったとき困らない?中に鍵付きの部屋があるかもしれないでしょう。」

レオコーンが鍵付きの部屋に入るとはとても思えないが入れない部屋は少ないほうがいいのかもしれないと、アドリアは妙に腑に落ちてしまった。そう思ってミナモを見たらウインクされたので苦笑いするしかない。

その後アドリアとミナモは屋上から下りてレイと顔を合わせると、各々聖水を掌にふりかけた。

「とりあえず黒騎士は中央の城に向かったわけだし、そこに行けば出会えるはずだ」

レイは手にとった聖水を首筋にたたきながら、小窓を覗き込んだ。聖水は普段女性が香水をつける首筋、手首の内側、耳の裏などがいいらしくアドリアもそれにならい自分の臭いを消す。

「それじゃあ、わたしが魔物がいるかどうか見てくるよ。平気だったら先に進むから、戻ってこなかったら追いかけてきてね。」

この三人の中で最も小柄なミナモが扉の隙間から顔を出して、魔物が少ないときを見計らってひとりずつ離れから出て行く。レイもそれに続いて「旦那、お先に」とまたもアドリアにウインクをかましたあと素早く扉からすり抜けた。

ミナモとレイが出て行きアドリアのみとなった離れは異様に静かで、一刻も早くここから出たいという気持ちを強くさせる。サンディがポケットに入っているか確認してから、アドリアも離れをあとにした。

離れから出たアドリアは、魔物は入り組んだ壁にはりついてやり過ごし、先のわからない場所はサンディに上から覗いてもらって道を確認しながら進んでいった。しばらくもしないうちに、小さな階段が見えてくる。

「あっ!あのターバン、ミナモのじゃない?」

サンディに言われてから指さされた場所に目を凝らすと、階段脇の瓦礫の隙間に突っ込まれたターバンには見覚えがあった。

「最初にたどり着いたミナモが目印に置いたんじゃないかな。行こう」

アドリアが白いターバンを拾い上げ階段を駆け下りると、小さな机ひとつしかない小部屋にたどり着いた。岩でできた質素なこの部屋も、かつては人々で賑わっていたのかもしれない。

「アドリア!こっちこっち」

アドリアが振り向いた先には、ミナモとレイが三角座りで隅に座っていた。小部屋の外から魔物が入ったときのために、扉を開けたとき丁度隠れる場所にいたらしい。

「あ、旦那見つけられたんだ。ちょっと抜けたとこあるから心配してたんだけど、いらなかつたみたいだな」

両膝を立てたままひらひらと手を振るレイをじとりと見つめたのち、目印だったターバンをミナモに返す。ありがとうと言ってアドリアからターバンを受け取るミナモだったが、アドリアの中にはまた別の疑問が渦巻いていた。

「そういえばお嬢さん、よくこの場所がわかったね?ほかに扉なんかたくさんあったのに」

ふいに自分も疑問に思っていたことをレイに口にされ、戸惑いつつもアドリアもうんと頷いた。
ミナモはまたしっかりとターバンを頭に巻き付けると、素っ頓狂な声をあげたのち、ああ、と手を合わせた。

「カラコタ橋に居たとき、どこかの古城の地図が出回ったことがあって。みんなその地図の城を探そうとしたけど、なんせ地図に城名も所有国も書いてなかったから目だけ通して放ったらかしにしてたの。目を通しただけだからうろ覚えだけどね」

だから、最初この城を見たときに見覚えがあった。
と、言ったミナモは強運なのか悪運に強いのかわからないが、地形を把握しているなら話は早いかもしれない。

「さすが元盗賊ネ」

サンディの発言に賛同しつつ(レイがいるのでおおっぴらにはできないが)、アドリアはそろそろ動こうと提案した。

「そうだな。黒騎士はここで育ったわけだし、俺らより早く進んでるはずだ」

「わかった。じゃあまた私から出ていくけど、今度はみんなで行きましょう。さっきと違って、次は移動範囲が広いはずだったから」

「じゃあ行こうか。」

三人はまたミナモを先頭として曲がりくねって洞窟のようになりつつある城の奥に進んでいく。ミナモ曰く、行動範囲は広いけど一本道だからとのことで、迷うことはまずないらしかった。

そういうことだったのだが。

「あ……あれぇ……!?」

冷や汗たらたらなミナモ達の前に広がるのは、ぽっかり空いた大きな穴。

「えっこれ、通れないってこと?」

底の見えない大穴を覗きながら、アドリアがぼやく。

「いやもういっそ、紐でもくくりつけて綱渡りとかどうだろう」

「旦那、落ち着いて。絶対無理だから。」

このままどう足掻こうが、目の前の大穴が塞がることは絶対にないと思われる。

アドリアたちはいっそ助走をつけて跳んでやろうかという気持ちで、その場に立ち尽くした。

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