白金の羽 | ナノ

混ざる赤


「あー旦那!うわー久しぶり……って、前に会ったのもそんな昔じゃないけど」

整髪料ですっきりと整えた赤毛はセントシュタインで飲んだときと変わらず、何を考えているか知れない笑顔もまったく変わっていないその男はにこにことそう述べると次は不思議だとでも言うようにかぶりをかしげた。

「それにしてもなんでこんなところに?ここは綺麗な場所だけどわざわざ女連れで来る場所でもないだろうに」

「ここに用があって」

「……と言いますと?」

(逃げられない……)

嬉々とした表情からは特に何も感じられないものの、この男の押しの強さというかなんというか、なかなか相手に逃げさせてくれないところがある。ミナモは息をひそめてターバンを目深にかぶりじっとしてはいるものの、赤毛の男に何も語るなという雰囲気もしない。それに男の服装からしてセントシュタインの兵士であることは間違いないうえに、アドリアにレオコーンのことについて最初に語ったのはこの男だ。

「例の黒騎士を追っていて。彼女はそれを手伝っていてくれているんだ」

「ミナモです。どうも」

アドリアがミナモに振り返ると、ミナモがターバンの隙間から顔をのぞかせて頭を下げた。

すると男はミナモの顔をじっと見て何か言いたげな顔をしている。

「幼いっていうなら大丈夫です。わたし19歳なんで」

ゆく先々で年齢のことに突っ込まれていたため今回はさすがに嫌気が差したのか、幼げな女の子と指摘される前にミナモがつっけんどんに言い放った。しかし意に反して男はかぶりを振っている。

「いや、違くて……さすがに19歳なのは驚いたけど、ってのは置いておいて。どっかで見た顔だなーと」

「わたしはそんな記憶ないですけどねえ」

エラフィタの入り口でふたりしてかぶりをかしげるのはおかしい光景だったものの、ふたりは構わずううんと考える。少し時間が経つとやはりこれが初対面というところで落ち着けたらしい男が、アドリアに向き直る。

「そうだ、俺前に酒場で会ったとき名乗ってなかったな」

まさかこんなところで再会するなんてな、とからりと続けた。

「俺の名前はレイ。黒騎士事件を調査するためシュタインから派遣されてきたシュタイン兵だ」

「俺は旅芸人のアドリア」

お互いに名前を述べて、なんとなく握手する。

「お互いの名前も知れたとこで村の中へ入らないか?もうすぐ交代なんだ」

この縁がどう繋がるかはわからないが、レオコーンにもう一度出会うためにはこの男――レイがいたほうが都合がいいかもしれない。

アドリアはそうだねと答えて、サンディから事情を聞いたらしいミナモと顔を見合わせるとレイの後ろについていった。







「調査、なんて大層なこと言っても実際はただの見張りなんだ。セントシュタイン領内で黒騎士の目に付きやすいこのエラフィタを守る……とかなんとかの理由だろうが、こんなの実質左遷だろうな」

アドリアたちはレイに案内されて、村内の桃色の花の咲く大木の根元に案内された。そこは小高い丘のように地面が盛り上がっており、周辺に民家も無いため話すにはうってつけだろう。

レイはミナモに地べたに座るのは問題ないか、と問い大丈夫と肯定の意がかえってくると大木の根元に腰を下ろした。ひらりと舞う桃色の花の中でも、レイの赤毛は目立っている。
アドリアもそれに習ってひざをたてて座り、ミナモは胡座のような体勢で座ろうとしてあわてて正座でその場に座った。

「左遷だなんて」

全員座ったところを見るとアドリアは怪訝そうな声をあげる。たとえ村の見張りでも充分な仕事だとアドリアは思ったのだがレイは違うようだ。

「ほら、あんたらがここに来た詳しいわけは知らないが、黒騎士がセントシュタインに訪れたばかりの頃は、言っちゃ悪いがこんな小さな村まで警護する必要はないというのが総意だったんだ。でも黒騎士に挑んでいった名高い兵士まで負傷するような大事になったあとから突然エラフィタに兵士をいくらかよこす案が出てきて、俺を含めた数名がここで”調査”する事になった」

「……でもそれだけじゃ、左遷とは言えないと思います。黒騎士が思った以上に強かったから守備範囲を広げたともとれると思うんですけど」

ミナモがそう問うた。

「確かに左遷とは適切じゃないな。俺たちは調査という名目でここに隔離されているんだ」

隔離。

隔離なんてものは、さすがに重すぎやしないだろうか。

アドリアがそう思っていると、レイはあははと笑って「いやいや、そんな重い話じゃないんだ」と訂正した。

「ここに派遣されたやつらは、全員国内外問わずの貴族の子息だ。俺みたいな三流貴族なやつらも、なんでこんなところに来たのかわからない一流貴族のやつらも、ひとり残さずこっちに移動になってる。」

「それは……死んだら後始末に困りそうな子息は安全なエラフィタに寄越したってことですか?」

ミナモが恐る恐る訊ねると、レイはかぶりを縦にふって肯定の意を示した。

「このことについては兵士長の独断だろうな。大体の兵士の人事異動については王は深く関与してないんだ。」

レイはひと息に語るもこれ以上語る内容はなかったらしく、アドリアとミナモが思案している間レイは大量に舞い散る桃色の花弁のなかのひとつをおもむろに捕まえると、掌にのせて息で吹き飛ばした。

アドリアはレイの話に一区切りついたところを見て軽く手を上げて、ちょっといいかなと待ったをかけた。

「さっき黒騎士を追っているって言ったと思うんだけど、あの話には続きがあるんだ。」

わざわざセントシュタインの兵士長が遠ざけた子息の中のひとりにこれを話すのはいささかはばかられたが、アドリアは黒騎士を捜すにはレイにも一応話を聞いて貰おうと思ったのである。もしかしてエラフィタ付近にいる場合、レイのようなその土地を知る人物に訊いたほうがよいというものだ。
レイからどうぞ、と話を促されると、アドリアは黒騎士にまつわる話を始めた。





アドリアが若干言葉を詰まらせつつ説明し、ミナモが時々補足を入れるというあまり上手い話し方ではなかったもののレイは黙って耳を傾けていた。そしてアドリアがこれで説明は終わりだよと言うと、レイは重い口を開くようにした。

「ふうん、それがもし本当だったとしたら、レオコーンとやらは本当に運がなかったんだな。」

レイの顔は、笑ってはいなかった。

「わかった。んで、旦那らはソナ婆さんのわらべ歌を聴きに来たってことだよな。そこのお嬢さんが覚えてなかった部分に重大なことがあるらしいからって」

「どーせ覚えてないですよ」

ミナモはそれなりにわらべ歌を忘れてしまった責任は感じているようで、レイに繰り返されると肩を丸める。それを見たレイは真顔を崩して半笑いのような顔になり訂正を入れた。

「いや、いい。ソナ婆さんは俺も知ってるからそこまで連れてってやろうと思っただけだ。」

レイはそう言うなりその場から立ち上がって、アドリアたちがいる小高い丘のような場所から下に向かってかかる階段を指さす。

「あそこから降りる」

レイが人差し指を階段を降りた場所に一軒だけ立つ民家に移動させた。

「あそこがクロエ婆さんの家。ソナ婆さんはきっとそこだ。あのふたりはいつもクロエ婆さんの家で話してるからな。」

あそこへ行けば一発だ、とこちらに向かって歯を見せて笑ったレイに向かってアドリアとミナモはまばらに礼を述べた。

「いいってことよ。もしよければ俺もついて行っていいか?」

アドリアとミナモは本日何回目になるかわからない顔見合わせをした。






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