白金の羽 | ナノ

サネカズラを君に


フィオーネ姫の部屋は確かに扉を出て東にあった。姫君の部屋なのだからと随分と大きいものを想像していたのだが、大きさからして先程の玉座の間の半分以下の大きさであり、常識的な女性の一人部屋の大きさからは寸分違わないものである。 「なーんか小さくない?」とぼやいたサンディもあながち間違ってはいないのだ。

部屋の扉をノックして入ってみると、すっきりと整えられた女性らしい内装が見える。全体的に淡い色合いの部屋に、さらりと垂れ下がった幕に囲われたベッド。円状の部屋に小さくまとまったドレッサーが置かれた部屋は、一見大国の姫のものとは思えない。フィオーネ姫は部屋の中央に置かれたテーブル付きの椅子にひとりきりで腰掛けており、アドリア達を見ると背筋を伸ばして立ち上がった。

「お呼びたてして申し訳ありません。この話を父に聞かれるとまた反対されるだけですから……」

その場で翡翠を編み込んだかのようなドレスを整えてしわを伸ばし、髪の毛を耳にかけた。

「いいえ、わたしたちもルディアノについてはお手上げだったので」

むしろラッキーですよ!とミナモが両手を握りこんだ。それをフィオーネ姫はちらりと上目遣いに見て曖昧に微笑むと、話を続ける。

「実は私、ルディアノ王国のことを耳にしたことがあるのです」

「昔ばあやが歌ってくれたわらべ歌の中に、ルディアノという国の名前が出てきたのです。もしかしたらその歌が何か手掛かりになるかもしれません」

「すみません、そのわらべ歌って」

アドリアが口を挟むと、フィオーネ姫は曖昧な笑みを深めてかぶりを振った。

「ごめんなさい、もう幼いころの話なので記憶にないのです。お力になれなくてすみません」


その横でもんもんと考えているような仕草を続けていたミナモが突如あっ!と声をあげて挙手した。

「ミナモさん?」

「どうかしましたか?」

アドリアとフィオーネ姫から一斉に問われたミナモはしどろもどろになりながらも「あの、わたしそのルディアノのわらべ歌知っていると思います」と述べた。するとフィオーネ姫は身を乗り出してミナモと鼻と鼻がくっつく程度に顔を寄せた。

「ほ、ほんとうですか」

「む……昔聴いたことがあって」

ミナモが若干ひきつり気味な顔でそう言うと、フィオーネ姫はごめんなさい、と迫っていた背中を元通り正した。

「歌いましょうか?」

「いいのですか?」

ミナモの申し出はフィオーネ姫によって快く受け入れられて、アドリア達はフィオーネ姫の言うばあやに会わずともわらべ歌を聴くことができそうだ。

ミナモは目を閉じてすう、と息を深く吸い込んだ。




「闇に潜んだ魔物を狩りに黒バラの騎士立ち上がる

見事魔物を打ち滅ぼせばしらゆり姫と結ばれる

騎士の帰りを待ちかねて城じゅうみんなで宴の準備」





「ここからがミソなんですよ」

フィオーネ姫がそう囁いたが、宴の準備まで伸びやかに歌ったミナモはそのあたりから眉間にしわをよせて片言な歌声になっており、結果最後は「……ルディアノで待つしらゆり姫に」と残すと頭を抱えた。

「ごめんなさい……肝心なところを思い出せないの」

しきりにごめんなさいと謝罪するミナモに対しアドリアはなんとなく申し訳なくなって、ミナモの頭にぽんと頭を置いた。

「いや、肝心なところがわからなくてもだいたいこんな歌だってわかっただけで充分だよ」

そのままぐしぐしとミナモの淡い金髪をかき混ぜた。ミナモはわたしのほうが歳上のお姉さんなんだけど、と不服げにしているも気にせず頭をがしゃがしゃと撫でた。

「そんな謝らなくても黒騎士を鎮めた功労賞もミナモさんのものだし、わらべ歌なんて覚えてなくたっていいよ」

「そうですよ、それにわらべ歌はほとんど完成していましたし……。ばあやもセントシュタインからほど近い場所に住んでいるので、わらべ歌はすぐ聴きに行けるはずです」

「いやいやそんなに全力で説得しなくても……!むしろ恥ずかしいから……!」

ぼさぼさに跳ねまくった頭を揺らして声を上げたミナモは「い、いいから!フィオーネ姫、ばあやさんの居場所を教えてください」と慌てふためいて問うた。

「ああ、ばあや……そうですね。ばあやはここからずっと北にいったエラフィタという村に住んでいます。美しい花を咲かせる大木があるのでわかりやすいと思いますよ」

エラフィタというと、以前ちらりと聞いた気がする。
アドリア頷いて礼を述べると、フィオーネ姫はふふと微笑んだあと、すっと真顔になった。

「あの黒騎士は父の言うような悪い人ではありません。そんな気がしてならないのです。おふたりとも、どうかあの方のお力になってください」

アドリアとミナモ、そしてサンディは顔を見合わせた。

「はい、もちろん」

「まかせてください!」













セントシュタインから出て若干北に配置された橋を抜けたあたりで、サンディは大きくため息をついた。

「はぁ、またこの道を通ることになるとはねー。しかもシュタイン湖より遠いとかさあ」

ピンクの羽を羽ばたかせてぼやくサンディを横目に、アドリアは怪訝そうな声を上げる。

「それはそうと、さっきサンディ異様に静かだったけど腹痛でもしてたの?」

「あんたレディに向かってナニ言ってんのよ!ンなワケないでしょーが!空気読んで静かにしてただけだっつーの」

アドリアより数歩前を歩くミナモがくつくつと肩を震わせて、「レオコーンのときも思ったけどサンディって重要なところでは空気読むの得意だよね」と言った。それを言われたサンディはアタシはいっつも読んでるわよとごちたが、アドリアも確かにそうだと思った。

アドリアはふとミナモの空いた両手を見る。数刻前には杖が握られていたが、その杖はレオコーンとの闘いで真っ二つに折れてしまいただの木切れ同然になってしまった。しかし、アドリアの思うところがひとつ。

「ねえ、ミナモ」

「うん?なに」

あたりには魔物もいないし、訊くなら今しかない気がした。
ミナモは振り向きはしなかったが耳は傾けているようだったので、アドリアは思っていたことを口にしてみる。

「ミナモはさ、なんであんなに短剣が達者なのに杖を使ってたの?」

天界にいた頃独学で少しだけかじった武器諸々の記憶だと、ミナモの使った短剣技『バンパイアエッジ』とは短剣使いの中でも使えるものはごく少数であり、長くそれを扱ってきたものにしか使えない。それに魔法使いは数ある職業のなかでも身体そのものの力がなく、魔法使いとしてメインの武器を短剣にしようと思うものはあまりいないはずだ。ミナモは魔法使いになって日が浅いというし、その線はほぼ消えるが。

「あー、あれかあ。魔法使いに転職するまでは盗賊だったんだよね。そのときずっと短剣使ってたから、最近使い始めた杖よりか扱い方が慣れてるの。それなのになんで杖かって訊かれちゃうと、ただ単に魔法使いイコール杖装備だと思ったからかなあ」

「盗賊?!」

「へえ……」

訊いたアドリアよりもその横にいたサンディのほうが驚きを顕にしたものの、アドリアもアドリアで相当驚いていた。そんなふたりを尻目にミナモは背を向けて歩いていたが、ふたりの驚く声を聞けば困ったのか笑っているのか微妙に判断しかねる顔で振り向いた。

「そんなに驚くかなー。わたしの出身は確かに富裕層の住まうサンマロウ地方に近いけれど、実際に生まれ育ったのは貧困層の多いカラコタ地方だもの」

「カラコタ?」

「そう、カラコタ地方。カラコタ地方にはカラコタ橋っていう橋があるんだけど、サンマロウから流れたりほかの地方から来たりしたならず者や貧乏人が集まっているの。本当はカラコタ橋ってただの橋でひとの住まいじゃないんだけど、いろんな人が集まっちゃったから放っておかれてるって感じかな……まあ、世界中から面倒臭いやつらが集まってきてるわけだから、わざわざそこを禁じてほかの国に行かせて騒がれるよりそこで泳がせてるって風にも思えるけど」

ミナモの顔に陰がおちたように見えたが、本人の声は至って明るい。ここで下手に同情してもかえって相手を傷つけるだけだろうからとアドリアは黙ってそっか、と言った。

「わたし達……わたしとわたしの両親と兄は、貧乏だったの。わたしの父さんは産まれたときからカラコタにいたみたいだし、母さんも小さいときにサンマロウから両親に連れられて来たんだって……あ、あれ!」

伏し目がちにしていたミナモが突如目の前を指さすと、そこから少し先には人里に囲まれた大きな木が見えた。それは美しい桃色の花を咲かせていて、村の外まで花びらを散らせている。今は遠いためそれくらいしかわからなかったが、それは確かにアドリアたちがエラフィタに近づいていることを示してくれていた。

「あともう少しで着けそうだね。ここが平坦な道だったのが救いだよ」

もっと山あり谷ありの道であったらもっと苦労していただろう。

アドリアはほっと安堵のため息を零すが、やはり胸になにかひっかかる。

『わたし達……わたしとわたしの両親と兄は』

ミナモには確かに家族と呼べる存在がいるのに、いままでの立ち振る舞いからその存在をまったく匂わせていなかった。それに両親のことは父さん、母さん、と呼ぶのに対してなぜ実兄には『兄』などと他人行儀な呼び名をつけるのだろう。他人向けに呼び変えただけなら、両親のことも父、母と言うはずだ。

「おーいアドリア、ボサッとしてないでさっさと行くわヨ!さっきから飛びすぎて足が棒ならぬ羽が棒になりそう」

「サンディ、なんだかうまいこと言ったみたいな顔してるけどそんなうまくないからね」




しばらく歩くとたくさん実っていた穀物も数を減らしていき、村の入り口にほど近くなるとそこにひとりの男が立っているのが見えた。

「誰だろ」

「行ってみよう」

背格好からしてレオコーンではないし、纏う鎧からしてセントシュタイン兵だろうか。アドリアはすみません、と大きめに声を張り上げながら男に近づいていくと、



「あれ、旦那」


その男の顔には見覚えがあった。


燃えるような目の覚める赤毛と、切れ長の目。そこそこ高身長であるはずのアドリアよりも高い身長。旦那なんてふざけた呼び名。


エラフィタの入り口に立っていたシュタイン兵はセントシュタインの酒場で出会った赤毛の男だったのだ。

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