白金の羽 | ナノ

霧のいどころ


メリアやユリアなど聞き慣れない名前が飛び交う会話はその後しばらく続いて、何度目かのミナモがわたしはユリアではないと言い切ったところでアドリアがストップをかけた。

「えっと……黒騎士さんはフィオーネ姫ではなく、彼女にそっくりなユリア姫というお姫さまを捜していたのですか?」

「いかにも。……して、本当の本当にあの城にいたのはメリア姫ではなく別の者だったのか?」

黒騎士は未だにぼろの鎧をガチャつかせながらアドリアに問うてきた。不思議と以前の不気味さは消えており、今は大きな風船が破れて萎んだように大人しくなっている。

「そうだよ」

逆上されては困るためアドリアは慎重にそう述べたが、黒騎士はやっぱり、というようにため息のようなものをついた。いかんせん顔面は骨のため実際どうだかわからないが、きっとそうだろう。

「なんてことだ……。あの姫君はメリア姫ではなかったのか。確かに言われてみれば、彼女はルディアノ王家に代々伝わるあの首飾りをしていなかった」

「あなたって結構おっちょこちょいだよね……」

城に突撃するよりも前に疑問に感じておいてほしかったところである。

黒騎士は少しの沈黙を辺りに漂わせると、また語り始めた。

「私は深い眠りについていた。そしてあの大地震と共になにかから解き放たれるようにこの見知らぬ地で目覚めたのだ。しかしそのときの私は自分が何者かわからないほど記憶を失っていた。そんな折、あの異国の姫を見かけ、自分と……メリア姫のことを思い出したのだ。私とメリア姫が婚約の誓いを立てていたこと。私の名前がレオコーンであることを」

見知らぬ地で目覚め、そこで出会った自分の記憶への糸口。黒騎士は焦りと喜びで、情に任せてセントシュタインへ突撃してしまったのかもしれない。

「……そしてメリア姫というのはわが祖国ルディアノの王国の姫。私たちは永遠の愛を誓い、祖国での婚礼を控えた仲だった。」

横にいたミナモもアドリアの服の袖を引っ張り悪い人じゃないのかもよ、と訴えてくる。

「じゃあなに?ぶっちゃけこのレオコーンとかいう黒騎士はフィオーネ姫と元カノを間違えちゃったわけ?どんだけ似てたのよフィオーネ姫とメリア姫ってー。」

こういうとき、サンディの切り込み具合には助かる。黒騎士の間違え方からして、彼女達は相当似ていたようだ。しかし黒騎士は似ていることに対してなんとなくの肯定を入れると、南の空を見上げた。

「……いずれにせよ、私は自らの過ちを正すため今一度あの城へ行かねばなるまいな……」

黒騎士改めレオコーンが至極真面目な声色でまたセントシュタインへ赴くと発言すると、サンディが若干引き気味に、

「ねえ、アドリア。ゼッタイ止めたほうがいいよ。まーたややこしくなるだけだって!」

アドリアも頭の中で謝罪のためセントシュタインに訪れたレオコーンが兵士に襲いかかられている光景がよぎったため、こくりと頷く。

「ややこしくなる?……それもそうだな。では、そなたらのほうから城の者へは伝えておいてくれないか?もう城には近づかないと」

レオコーンは意外にもすんなりとサンディの意見を聞き入れて肩をまるめると、シュタイン湖で水分補給をしていた馬を湖から引き離して再度跨った。
そのまま行ってしまいそうな雰囲気のレオコーンにミナモが「まって!」と声をかけると、レオコーンは微妙そうな声をあげミナモを見つめる。

「さっき言ってたユリア、とかいう人がわたしに似てるってどういうこと?」

「確かにー。ニンゲン同じ顔が3人いるとは聞くけどこの場合出来すぎてるしネ」

ミナモはレオコーンを行かせないように目の前で通せんぼをした。

「ユリアはメリア姫の小間使いをしていた少女のことだ。本当は少女というには多少歳を重ねていたものの、見た目が幼く人懐こい性格のためにメリア姫からも可愛がられていたようだ。」

レオコーンはそこまで言うと、ミナモの顔をよく見た(実際は骸骨のためよくわからないが)。

「その金髪も緑の目も、顔立ちも、フィオーネ姫がメリア姫に似ていたようにそなたもユリアに相当似ている。結局そなたはユリアではないのだろうが、サンマロウへ帰ると言って暇を出してしまった彼女によく似たそなたに会えてよかった。」

ミナモがぽかんと黒騎士を見つめる間にレオコーンはアドリアとサンディに向き直った。

「ルディアノ城ではきっと本当のメリア姫が私の帰りを待っているはず。私はルディアノを探すとしよう。」

アドリアはなんとなく腹の底に消化しきれないものを抱えつつも、レオコーンが通せんぼしているミナモをよけてシュタイン湖から去るのを眺めていた。

それから数秒後。

「あっ、あれ武器屋さんの馬!」

ミナモとアドリアが気づいて追いかけたときには、レオコーンは霧のようにその場から消えていた。









「ほう、そのレオコーンとやらは自分の婚約者とフィオーネを見間違えただけであって、今後はルディアノという国を探すためもうここには近づかない……と?」

「はい」

「そんなの彼奴のクチから出任せに決まっているだろう!そんな見え透いた嘘を鵜呑みにしてのこのこ帰ってきたのか?!第一、ルディアノなんて王国は見たことも聞いたこともない!」

(……ですよねー。)

キメラの翼でセントシュタインに帰り王に報告した途端この有様である。

シュタイン王は黒騎士をめちゃくちゃにこき下ろすと、フンと鼻を鳴らしへそを曲げてしまった。相変わらず隣にはお妃さまの啜り泣きも響いており、アドリアとミナモは強ばった顔で押し黙る。
気まずい空間の中、フィオーネ姫が声を張り上げた。

「お父さまっ……!?なぜそこまであの黒騎士のことを悪く言うのです!」

(やっぱり)

アドリアが以前から感じていたフィオーネ姫への違和感は、フィオーネ姫の黒騎士への不自然な気遣いだった。実際どういう事情があっても一応は自分を付け狙う不審者を、どうしてそこまで心配する必要があるのだろうか。
王はフィオーネ姫を薄目でじいっと見つめるも姫の発言は無視してアドリア達に向き直った。

「よいか?アドリアとミナモ。奴はフィオーネを狙っていずれまたこの城にやってくるつもりよ。黒騎士の息の根をとめるまでおぬしらへの褒美もお預けじゃ!」

アドリアの横でミナモがうう、と小さく唸った。またあの黒騎士を捜し出して戦わなければならないのか。というか、一度身の上話を聞いてしまったのに褒美目当てで首を取りに行くのはいろいろとどうなのだろう。

「なぜ信じてあげられないの……?本当に国に帰れず困っているかもしれないのに……。」

アドリアがうんうんと悩んでいると、フィオーネ姫がドレスのレースを握りしめて震える声で王に訊ねかけた。

「フィオーネ……すべてお前のためを思って言っていること。聞き分けなさい」

「……っ!」

自分のため。親にそう言われて抗える子供はいるだろうか。アドリアには親がいないためわからないが、自分のためを思った言葉に反発することはかなりやりにくいだろうと思った。

フィオーネ姫もそれ以上言えなくなってしまったのか、目をいっぱいに開くとミナモの横を通り抜けてしまった。それを見た王も多少動揺したものの、ここは一国の主であるためぐっと堪えたようである。

アドリアもフィオーネ姫から思考を外してこの一件について考えることにする。ここで黒騎士を討ってセントシュタインの人間から星のオーラを出してもらわなければアドリアは天使界に帰れなくなる。

(ここはひとまず自分のために動くべきなのかもしれないな。レオコーンにもう一度会うことができたなら、あとは相談して今後の対策を考えればいいだろうし。)

アドリアは若干ご都合主義な考えを捻り出してみて、隣のミナモと顔を見合わせる。こくりとミナモが頷いたのを見るとにっこりと笑顔をつくった。

「わかりました。もう一度、黒騎士を捜してみることにします」








「うーん、ついついやりますって言っちゃったけど……レオコーンさんどこにいるのかなあ」

玉座の間から離れて周りに人がいないのを確認すると、ミナモはむっと眉間にしわをよせてため息をついた。

「とりあえずレオコーンはルディアノに行くって言っていたから、ルディアノを目指していればレオコーンには会えると思う」

たどり着く場所が同じなら、きっとまた出会えるはずだ。レオコーンもルディアノの正確な場所は思い出していないようであったし、別れたあとすぐルディアノにつくこともなさそうに見える。

「そっか、やっぱりルディアノに行かなきゃ始まらないか……」

右手に持ったターバンを左手でさわさわといじりながら、ミナモは浮かなげにそう言った。その直後、パッとアドリアの顔を見る。

「そう、そうよルディアノ!ルディアノって名前、わたし聞いたことが――」

「待って!あそこ……」

アドリアとミナモの直後死角から少しずれた辺りに揺れるのは、長くつややかな亜麻色の髪。セントシュタインただひとりの姫君、フィオーネ姫だった。

「アドリアさま、ミナモさま……!私、お話したいことがあるのです。大きな声では言えませんので、そこの扉を出て東にある私の部屋まで来てください……ルディアノ王国のことです」

アドリア達を見たフィオーネ姫は一瞬瞳を揺らすも口早にそう告げて、足早に去ってしまった。

「ひとまずわたしの話は置いておこう」

「そうだね、じゃあ」

「お姫サマの部屋に行くわヨー!」

ミナモとアドリア、そしてサンディは口々にそう言うと、フィオーネ姫の部屋に急いだのであった。






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