白金の羽 | ナノ

偽善



「うんうん、似合ってるよ!」

「アンタにしてはなかなかよネ」

ミナモの衝撃カミングアウトから数分経って、アドリアはリッカから受け取った服に着替えていた。かつてあまりよろしくないと言われた天使の服だったが、思い入れはそこそこある。容易く脱いでしまうのはいかがなものかとも考えたものの、悪目立ちしてしまっては仕方がない。ミナモも完全に打ち解けたようで、アドリアとも砕けた口調で話すようになった。

「どう?アドリア。いいかな」

ミナモとサンディの間でじっと様子を眺めていたリッカが口を開いて、サイズもぴったりみたいだね、と付け足す。

「着心地いいし靴もぴったりだよ。ありがと」

「よかった!それ、前に泊まりにきたお客さんの忘れものなの。だからちゃんと合うか心配で……」

「ええっ、リッカさんそれダメなやつじゃ」

(客の忘れものなのかこれは)
サイズもぴったりで着心地もいい。しかし他人の忘れものを着たとなれば着心地はともかく居心地が悪い。ミナモに指摘されたリッカはごごごめん違うのそういうことじゃなくて、と訂正を入れた。

「元々は旅芸人のお客さんの忘れものだったんだけど、忘れていってからしばらくしたあとまたうちに来たの。なんでもその服を忘れたから旅先で違う服を買ったら、途端に仕事がうまくいったみたいで。だからその旅芸人の服はもうそのまま宿屋に置いておいてくれていいって言っていたみたいよ」

「ええ……? 随分変わってるんですねえ、その旅芸人の方」

「その服着てるのにあれなんだけど、正直忘れもの置いておいてって言われても困るよね」

リッカはえへへ、と笑うとよかったら引き取ってくれると嬉しいな、と言う。リッカは幼い少女といえど、強かなようだった。アドリアも人間界の服を求めていたため文句はないためこのままありがたく頂くことにする。

ミナモもそういうことであれば問題ないようで、ぴょこんとはねた毛先を内側に戻そうとつまんでいるが、彼女が指を離すと毛先はまたすぐにはねた。しかもそれが一箇所でないのだから彼女も諦めがついたようで、毛先を開放してやるとにへらと笑う。

「いやー、素直に内巻きにはなってくれないねえこの髪の毛は」

リッカさんみたいにまっすぐだったらどんなにいいか、とぶう垂れてみてはみるものの、本人はさほど気にしていないようだ。

「ねえ、黒騎士を倒しに行くんだったら依頼元にちゃんと受けるって言ってこなきゃ」

依頼元とは、つまり国王のことである。

「黒騎士倒しても事前に報告してないとわたしたちが倒したって認めてもらえないかもしれないし!ほう、れん、そうはしっかりしとこうね」

「そうだね。じゃあ行ってみようか」

リッカに礼と別れを告げアドリアとサンディ、そしてミナモと王城に向かったのであった。



再度頭に布を巻きなおしたミナモとそれにすっかり懐いたらしいサンディを連れてセントシュタイン城に続く1本の大通りに出る。人ごみの匂いがする。ほこりと、土と、水と、様々な匂いが混ざりあったその匂いは生きているものの匂いだとアドリアは思う。天使界は良くも悪くも簡素で質素なつくりであり、このような香ばしい肉の匂いや、乳飲み子のミルクの匂いなど漂うはずもなかった。

「びっくりしたでしょう。わたしの年齢聞いて」

王城へのそこそこ長い道のりの中、ミナモが訊ねた。

「びっくりしたといえば、びっくりした。15歳くらいに見えてたから」

ミナモが形式上の年上だろうと、1回素で話してしまうと敬語には戻しづらい。きっとミナモも気にしていないだろうし、敬語でなくともよいだろうか。

「そんなだからわたし、ルイーダの酒場以外の酒場に入ると追い出されちゃうんだ。でも、それ言うならアドリアだって20歳過ぎに見えてたよ」

実際は300歳間近なんだな、それ。
アドリアはそうなんだとほほえんで見せ、露店の肉焼きに吸い込まれていったサンディを回収に行ったそのときのことであった。

「わっ」

露店から戻ってくるアドリアを待っていたミナモに、小柄な少年がぶつかって転んでしまったようだ。少年は勢いがついていたためかミナモのほうに倒れ込んでしまい、ふたりともども道の端でもつれ合っている。

「ご、ごめんなさい」

「君こそ怪我は……」

アドリアもサンディを片手に近寄り少年に手を貸して助け起こすと、少年の顔がはっきり見えた。少年の髪の毛は所々日に焼けて焦げ茶になり、頬も痩せこけている。目の下のくまもひどく、10歳を過ぎたくらいの少年には少し違和感がある。違和感があるといえばあるのだが、さして気にすることもないような違和感だ。
アドリアが少年を助け起こすなり、少年は脱兎のごとく走りだそうとアドリアとミナモに背を向けるも、それは叶わなかった。

「盗ったでしょ。そこのお兄さんのお金」

ミナモは顔面蒼白な少年の手首を掴み、掴んだほうの手の中の確かに見覚えのある袋を指さした。それほど強く掴まれているわけではないだろうに、少年の顔は苦痛に歪んでいる。

「盗……る、なんてこと、これは……ぼ、僕のお金で」

「嘘だね。そこのお兄さんに助け起こされたとき、懐に手を突っ込んで盗ったの?」

「そんな……」

ミナモは先程までののんびりした雰囲気を打ち消して、静かに少年を見据えている。言われてから気付いたが、確かに懐に入れていた財布がなくなっている。
そんなようすのミナモにじっと問い詰められたからか、少年はあっさりと白状した。

「ごめんなさい……僕、お金が欲しくて……ご飯も全然食べられていなくて」

そこのお兄さんなら許してくれるって思ったんです、とぼろぼろ涙を零す少年に対してアドリアは少し情が湧いてしまう。財布の中身は決して多くないが、少年の食費くらいにはなるのではないだろうか。

「いいよ、泣かなくて……ほら財布持って行って」

「だめだよ、アドリア」

少年に財布をとらせようとしたら、ミナモに睨まれる。少年を見つめた静けさはどこへやら、ミナモは甘いと言わんばかりにアドリアに背を向けて少年に向き直る。怒るわけでもなく、優しく励ますわけでもない口調でミナモは話始めた。

「あのね、豊かなセントシュタインでならたとえお金を盗ってしまっても少しくらいなら許してくれるよ」

「なら……」

「でもだめなものはだめなの。今回成功して、じゃあ次は?次盗んで失敗したら?盗む前に勘づかれて袋叩きにされたら?」

ミナモの口調は諭すような声色でもなかった。語る本人も、少年と同じく辛そうに顔を歪めている。

「そんな博打より確率が低いことやる必要ない。お金がないから、じゃあひとから盗んでしまおうっていうのはこっちの勝手な言い分だよ。もしこっちに複雑な事情があろうと、ひとのものを盗ってしまった時点できみが全部悪いことになっちゃう」

「アドリアもアドリアだよ。この子を可哀想って思ったんだろうけど、半端な偽善はかえって不必要だから」

アドリアは飢えた少年に金銭を恵むことこそが、最善の方法だと考えていた。それしか考えつかなかったし、困っているひとを助けるのは天使として当たり前のことであったから、息をするように財布を盗らせようとしてしまった。アドリアは今、健全な少年を不健全な盗人にしたててしまうところだった。アドリアがいいと言ったからとはいえ、他人のものを盗んだことに変わりはない。

「……ごめん。俺が浅はかだったよ」

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「いいんだよ。というか、お金盗まれかけたのはわたしじゃないからね」

今までアドリアはミナモのことを温厚なだけの、普通の女の子だと思っていた。しかし、このときの物言いからして彼女もそれなりにいろいろあったのかもしれない。

(まあ何かあっても、きっとこれきりだろうし)

話を聞くところ少年はアドリアの財布を盗ることが初犯だったようで、未遂ということもありお国に突き出すことは免れた。状況が状況だけにミナモもアドリアも反省してもらえればいいという考えだったため、少年のことは特に追求しなかったのだ。しかしアドリアはミナモの言う半端な偽善を最後に少年へ施してしまったのかもしれない。アドリアは働き口が欲しいならこの城下で1番大きい宿屋に行くといいと言ってしまった。

「行こっか」

そんなことを汁ほども知らないミナモは少年を見送ると、アドリアに向かってこう述べる。振り返った彼女の顔は初めに会ったころと大差ないものに戻っており、それに柔和な笑顔を浮かべ、きら、と光る緑の瞳を輝かせた。

王城まで、もう少し。


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