少女B
ワナワナ震えるサンディに顔を近づけた不審者は、白くて大きな布をターバンみたく頭に巻き付けて顔を覆っていたため怪しさ倍増だったが、体躯は小柄な造りでアドリアよりも頭ひとつぶんは明らかに小さい。まとう衣服も若草色のドレスなこともあり性別は女性に見えた。
「あの、誰ですか」
アドリアが若干引き気味で声をかけると、不審者はあっと声を出してあたふたし始めた。
「えっとあのはい! いきなり背後から近付いちゃってすみません。わたしミナモっていうんですけど、リッカさんからお話を聞いて」
目元はターバンの影になってよく見えないが、不審者ではないらしい。サンディが見えている素振りも気のせいだと思いたいアドリアは笑顔をつくった。
「旅芸人のアドリアだよ。黒騎士討伐に協力してくれるっていうのは君のことかな?」
「そうです。ルイーダにいいひといないかなって零してたらリッカさんが紹介してくれるって言ってくれたので」
明らかに歳上のルイーダは呼び捨てで、歳の近そうなリッカをさん付けにするミナモのことがアドリアは未だによくわからなかった。アドリアからの視線に気付いたミナモはまたあっと小さく言うと、すみませんターバン取らないのは失礼ですよねとります、とターバンに手をかけた。忙しないひとだなと思いつつ、アドリアはミナモがターバンをとるようすを眺める。
ターバンをとって現れたのは、悪者退治などとても似合わないような少女の顔だった。
肩につくか否かの長さで切られたふわふわした明るい金髪は、丸く大きい緑の瞳と合わさってことさら幼さが際立っている。身長の低さから歳は15を超えたあたりだろうか。背負った樫の杖は先を引きずるまでとは言わないが、アドリアが持つよりもはるかに大きく見えた。
「よろしくお願いしますね! 今までひとりで黒騎士を倒しに行くものと思っていたので、ふたりも心強いひとたちと一緒だと嬉しいです」
「ふた、ふたり?」
緑の瞳をきらきらさせるミナモの口から飛び出たふたりという単語が嘘であって欲しいと願いつつ、アドリアは聞き返した。
「ほらアドリアさんの後ろにいる小ギャル……」
「小ギャルじゃないわヨ! スーパーウルトラキュートビューティな謎の乙女だっつーの!!」
「あっ」
「あっ」
ミナモに指さされたサンディがアドリアの後ろから勢いよく飛び出し訂正を入れるも、次の瞬間にはアドリアと同じくやっちまったと声を上げた。これはいけないとアドリアがきょとんとしたミナモとサンディの間に割って入る。
「サ……彼女は、う、うちの家系に代々伝わる守護霊なんだよ」
どうかこれで丸め込まれてくれ。
「そ――そうだったんですね! 守護霊って本当にいるんだ」
アドリアとサンディの思惑をよそに、彼女はだいぶちょろかった。サンディもこの子チョロイからもっと言えば信じ込むわヨ、と囁きかけてくるためこのまま押し切ることは可能そうだ。
「そうそう。彼女はサンディというのだけど、時代の煽りを受けて今は黒い小ギャルになってるだけで真の姿は凄いんだよ」
「時代の煽りって残酷ですよね」
「ナニが時代の煽りヨ! アタシは好きでこーゆーカッコしてんだからほっとけっつーの!!」
ミナモは完全にサンディ守護霊説を信じ込んだようで、サンディとも軽快に話すことができるあたり肝の太さは他の少女より頭ひとつ抜きん出ているようだ。
「わたし、まだ魔法使いになって日が浅いんです。でもここ一帯の魔物やセントシュタインの建物については結構詳しいと思うので、困ったら言ってくださいね」
「俺も旅芸人としては駆け出しだからお互いさまだよ。そのときはよろしくね」
――彼女の身元は、さしずめ平和な家庭の育ちで最近の暮らしに退屈さを感じたから家を出てきた、とか。
人間界には戦士や魔法使い等の職についてその場その場で依頼を受け生きる者もいるらしいし、ミナモが黒騎士退治に志願しようとしているのも頷ける。しかし、平和な居場所を捨ててまで金銭を求めに行く気持ちは、人間でないアドリアにはわからなかった。
そのとき、不意に聞きなれた声が響いた。
「あっ、アドリアに……ミナモさん! ごめんなさい、わたしが紹介するって言ったのにお仕事が立て込んじゃってたから」
ぱりっと乾いた皺の少ないエプロンのリッカは、苦笑いしながら早歩きでこちらに向かってくる。カウンターの番の交代を早めてもらったらしく、少しばつが悪そうだ。
「大丈夫です! なんだかうまくやっていけそうな気がするので」
――こちとら冷や汗たらたらなんだけどね、と思いつつ。
「うん、ここらへんの土地勘があるひとでよかったよ」
ミナモとアドリアの返答を聞くとリッカは目に見えてホッと胸を撫で下ろし、アドリアに向き直るとさっきからずっと抱えていた大きな紙袋を差し出してきた。
「これ、よかったらあげるよ」
「……ありがとう?」
にこにこと笑顔なリッカの手前なんだこれはとは言えず、なんだなんだとのぞき込んでくるサンディとミナモに急かされて紙袋の中身を引っ張り出した。
「「かわいい!」じゃん!」
紙袋から出てきたのは、紫と白の派手な上着とズボンだった。紙袋はまだいため、まだなにか入っている気がする。
上着は白地に細かく紫と緑の刺繍が施されており、その上に紫のベストを羽織るものらしい。ズボンも似たような色合いのため、セット装備のようだ。
「かわいいの?これ」
「カラフルでかわいいですよ、きっと似合います」
「そーヨ、人間界の服にしてはまあまあってとこネ!」
存外サンディとミナモは気が合うらしかった。
「アンタの見た目年齢からしてそこまでハデだとちょっとイタいかなってカンジだったケド、結構イケるわヨ」
――ひとのことを老け顔と言いたいのかサンディよ。
「見た目年齢からして、ってアドリアさんおいくつなんですか?」
「じゅ、じゅうはち」
ニードに言われた年齢のため正確に人間年齢を計算したわけではないが、とりあえずこれでいい。
一方質問してきたミナモは目を丸くしてぽかんとした口からえっ、と音を出した。
「年下だったの……? わたし、19歳だよ」
天使も見た目で年齢を判断してはいけないが、人間の女性も見た目で年齢は判断してはいけないらしい。
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