白金の羽 | ナノ

不審者



  まぶしい。

  カーテンを開けっ放しにしたままベッドで眠っていたアドリアの瞼を透かして、朝の光は柔らかく降り注いでいる。昼間よりかなり涼しいことから、夜が明けてやっと太陽が昇ったころだろう。
  アドリアはそのまましばらくじっと目を瞑り光を防ごうとしたものの、最終的には暖かな太陽に負けてのそりと起きた。

  (……よかった。靴は脱いでる)

  寝ぼけた自身は掛け布団はかけなかったこそすれ、靴はしっかり脱いでいる。天界は存外そういった行儀ごとにはうるさく、たとえ寺子屋に通っていようがいまいがそれらはきちんとしつけられるのだ。

  リッカが主導して整えた部屋のひとつであるこの部屋は、ウォルロ村の宿屋を彷彿とさせるものがいくつかある。ベッド脇の棚に置かれた一輪の花は、アドリアにも見覚えのあるものだ。そんなふうに大切に扱われてきたこの部屋で、このベッドで、行儀悪く土足で寝転ぶなど言語道断である。




  「あっ、アドリア起きたのね。」

  アドリアが下まで降りていくと、リッカがカウンターに腰掛けてお茶を啜っていた。昨晩はあんなにも賑わっていたのに、今はがらんとして朝の爽やかな空気が流れている。

  「結構早いのね。まだほかのお客さんもほとんど寝てるのに。」

  「早寝早起きは身体に染み付いてるからね。リッカも、こんなに早くからカウンターにいるんだ?」

  ウォルロ村にいたころもリッカは早起きだったが、それでも宿屋のカウンターに立つのはアドリアと祖父に朝食を作ったあとだった。

  「うん。ここの宿屋はひとの出入りが激しくて、スタッフが入れ替わりになってここにいるの」

  まだ太陽が昇ったくらいの時間だからそんなにはいないけどね、とリッカはくすりと笑った。

  「本当はお洗濯したり帳簿つけたりするものだと思っていたんだけど、ルイーダさん達が大丈夫だって。夜明けは寒いだろうからってお茶まで頂いてしまったし」

  洗濯も帳簿も、そのひとつひとつにスペシャリストがいるのがセントシュタインの宿屋なのだろう。宿王の娘であり時期宿王のタマゴであるリッカに求められていることは、全体の監督やアイデアなのかもしれない。

  「よかった。うまくいってるみたいで。」

  「心配になるくらい順調だよ。皆さん優しいし、新しいこともいっぱいで」

  ここで頑張ってみるよと笑うリッカを見て、アドリアは心が少し軽くなった気がした。もしも村に残した祖父達のことを気に病んでいたら、なんて声をかけたらわからなかった。
  アドリアはとりあえず笑顔で微笑んでみた。


  「あっ、アドリア。昨日の夜盗み聞いちゃったんだけど、黒騎士退治に行くの?」

  「うんまあ、今のところそうなってるかな」

  今のところ天界に帰る手がかりがそれしかないのだから、黒騎士事件には関わりざるを得ないだろう。

  「そっか。アドリア強いし……っと、そうだ。アドリアに紹介したい子がいるんだけど」








  「はぁ!?  アンタそれで、誘いにほいほい乗っちゃったってコト?」

  時間は数時間流れて、がらんとしていたカウンター周りもひとが集まってきた。その集まりから少し離れた場所で、アドリアはサンディにまくし立てられている。
  なんでもサンディは赤毛と中年と呑み始めたあたりでつまらんと匙を投げて、宿内をフラフラしたあと、アドリアを見失ったことを気付いて丁度リッカがいたカウンターで眠ったようだ。

  「女の子紹介してくれるからってデレデレしちゃって、マジ信じらんないんですケド!  アドリアアンタそんなんで天使か!」

  桃色の羽を羽ばたかせるサンディは、ふたりがけのテーブル席に座るアドリアの眉間を己の小さな拳で小突いている。自分達の状況を忘れ交友関係を広めようとしているアドリアに憤慨しているらしい。

  「違うってば、変に勘違いしないでよ。そのリッカが紹介するって言ってきた子は、黒騎士退治を視野に入れてる魔法使いみたいなんだ」

  アドリアがそう付け加えると、目に見えてサンディは気をよくした。アドリアとと同じくその魔法使いが黒騎士退治にひと役買ってくれるものと思っているようだ。

  「何ヨもー!  そんなことなら最初に言ってよネ!  すっかりアンタが遊び人だと思っちゃったじゃない」

  「俺説明したよね」

  「えっとあの」

  「ムキー!  ホント可愛げのない小僧よネ!」

  「小僧って、どっかの黒光りミニギャルよりか年上な気がするね。自分は。」

  「おお、おちつきましょうよ!」

  「なにヨ!  さっきからアンタうるさ……ギャアアアアアアア!!  あ、アド、アドリアうし、うしろ」

  「はあ?」

  突然サンディがその小麦色の肌を真っ青にして叫び、アドリアに後ろを見ろと息絶え絶えに促してきた。まさかアドリアがひとりでああだこうだ言っているから住人に不審者がいると通報されたか、と思い振り向くと、そこには。










  本当の不審者が立っていた。


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