白金の羽 | ナノ

そして眩く輝いて


  「はい、リベルトさん。これでしょう」

  宿屋へ向かって走り出したと思えば手と兵士の剣を土まみれにして帰ってきたアドリアを半ば呆れたように見るサンディだったが、アドリアが大切そうに抱えるものを見るなりあっと口を開く。

  「アンタそれ、トロフィーってヤツ?」

  「うん、さすがに二年以上埋まってただけあって汚れちゃってたけど」

  宿屋にもともと置いてあったスコップであらかた掘ったまではよかったのだが、いかんせんリベルトが何を埋めたかわからないため掘り進めるわけにもいかず、途中から素手で掘っているとこのトロフィーが顔を出したのだ。
  当人のリベルトは優しげな目元を細め皺をつくり、ありがとうございます、とアドリアに声をかけた。

  「そうです。私が埋めたものは、そのトロフィー。この村に越して宿を構えたとき、一生秘密にしておくつもりで埋めました」

  アドリアが土だらけな手でこれもまた土だらけなトロフィーの土をはらうと、宿王に贈る、やリベルト、などという文字が見える。土だらけになったトロフィーは、今でさえその輝きを失ってはいなかった。

  「これをリッカに見せてきます。リベルトさんの願いも同じだと思うから」

  お願いします、との了承の言葉を聞き届けると、アドリアはリッカの家の中に入り、二階で裁縫するリッカに声をかけた。

  「朝ごはんはすっかり固くなっちゃったから、さっき作った煮込みを食べてね。お鍋にあるからよそってくれる?」

  「リッカ」

  「今日はご近所さんからとってもいい玉ねぎをいただいたから、きっといつもより美味しいわ」

  リッカはこちらを見ようともせず繕いものをしている。見ようとしていないのはアドリアのことか、それともまた別のことか。

  「リッカの料理はいつでもおいしい。それより」

  「アドリアはにんじんあんまり好きじゃないみたいだけど、今日は小さく切ったから大丈夫だよ」

  リッカは聞く耳を持つ様子もなく、ただ布に針で刺繍を施している。

  「セントシュタイン行きの話なんだけど」

  刹那、リッカの肩がふるりと震えて脱力する。まだ春には少し遠いことを感じさせる空気を吸い込む息遣いも、どことなく震えていた。

  「アドリア、も、わたしがセントシュタインに行ったほうがいいって思ってるの?」

  そのとき、この夜初めてリッカとアドリアの視線がかち合う。リッカの群青の瞳は、揺れているように見えた。

  「俺はリッカじゃないから、どうこう言えないよ」

  一見突き放したかのようにも聞こえるが、それは一端の事実だった。それがすべてではないのだろうにしても。
  リッカはすこし驚いたように目を丸くするも、そっか、と自分の足元を見る。

  「でも、後押しくらいはできる」

  そしてアドリアは自身の足元に置いてあったトロフィーをリッカに見せる。鈍く光る黄金のトロフィーは土まみれで、リッカもされるがままにそれを受け取るも何これ、と動揺していた。

  「ここ見て」

  「――宿王リベルトにこれを贈る……これって」

  「リッカのお父さんのものだよ」

  リッカの家に入る前服の袖でこすりできる限りは綺麗にしておいたが、それでもトロフィーは薄汚れたままだ。

  「うそ!  お父さんが宿王なんて信じられない……」

  お父さんは優しくて穏やかで、そんな都会で宿屋を切り盛りしてきたようには見えないと漏らすリッカだったが、何よりの証拠は自分の手の中にある。その腕の中に収まっているトロフィーこそが、彼女の父が宿王であったことを証明する唯一無二の品なのだ。






  ぎしぎしと木が軋む音とともに、アドリアとリッカだけの空間であった部屋にひとりの老人が現れた。

  「そのことについてはわしから話そう」

  そこにするりと紛れ込んだしわがれた声は、リッカの祖父、リベルトの父のものだ。

  「おじいちゃん……」

  「リッカ、おまえは小さい頃は身体が弱かったことを覚えているかい?」

  「うん……でも、今はとっても元気だよ。病気だったことなんて忘れるくらい」

  その言葉通り、リッカは健康体そのものだ。現にアドリアはこのとき初めてリッカが身体が弱かったことを知ったのだし。

  「おまえの母さんも同じく身体が悪くて、おまえを産んでまもなくこの世を去った。そしてリベルトは娘も妻同様身体が弱いことを悟ると、身体にいいとされる水が豊富なウォルロ村に移り住んだんだよ」

  「そんな……わたしが、お父さんの夢を奪ったんだ」

  わたしがいたせいでお父さんは夢を諦めたんだ、と肩を震わせるリッカをその祖父は流水のごとく穏やかに見つめる。

  「リベルトが幼いリッカに言った小さな宿屋でもリッカと一緒なら幸せだ、という言葉はけして嘘ではない。リベルトは、宿屋のこともおまえのことも大切に思っていたよ」

  「おじいちゃん、」

  祖父の言葉を聞いたリッカはハッと目を見開いて、軽く目尻を拭った。

  「わたし小さい頃から、時々遠くを見つめるような目をするお父さんがずっと気になってたの」

  きっとリベルトはセントシュタインに心を馳せていたのだろうが、彼は確かに娘とウォルロ村で過ごす日常を幸せに感じていたに違いない。
  リッカもそれを感じ取ったようで、先ほどまで瞳の中で揺れていた印象は消えて、そのかわり目は星のように爛々と輝いていた。

  「おじいちゃん、アドリア。わたしがセントシュタインに行って何ができるかまだわからないけど、行ってみる。行ってみたいの」







  「……まさかあの子が私の夢を継いでくれるなんて。幼い頃から、しっかりした子だとは思っていましたが」

  リッカや祖父から離れた場所でアドリアとサンディの三人で並び立つリベルトの身体は、淡く輝いて今にも溶けてしまいそうだった。

  「成仏、するんですね」

  「ええ、もう思い残すことはありません。リッカは私が見守らなくても、強く生きることができるでしょう」

  そう言って穏やかに微笑んだリベルトは、やはりリッカにそっくりな目元だった。




  その刹那リベルトはひときわ大きく、眩く輝いて、消えた。


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