説得と証
「それであなたはリッカをセントシュタインに連れていこうと考えたわけですか」
「そうね、そんなところよ」
話を聞くによればルイーダはセントシュタインの宿屋で酒場を営んでいるらしい。近頃の宿屋の売上下降を憂いたところ、かつて伝説の宿王と呼ばれた男を呼び戻せばまた黄金期のように繁盛するのではと考えて、宿王が越していったウォルロ村まではるばる訪ねてきたと言うのだ。
「その伝説の宿王の娘がリッカというのはわかりましたが、なぜリッカを連れていく必要があるんですか」
「あなたも堅いわねぇ。宿王がもういないとわかった以上、次世代の宿王のタマゴを連れていきたいのよ」
リッカの営む宿屋の評判は多方面に知れ渡り、宿屋はわざわざ泊まるためだけに訪れる人間もいるほどに繁盛している。彼女に宿を営む才能は十二分にあると言えるだろう。
「リッカに宿を営む才能があることは俺にだってわかります。ただ、いきなりあんなことを言われても彼女だって困ると思うんです」
「さっきから随分渋るじゃない? もしかして恋仲だったりするのかしら」
(いやいやいや)
ルイーダはふーん、とにまついた表情でアドリアの顔を見て満足げに呟いた。だいぶ年下が好みなのね、やら一歩間違えたら犯罪よ、やらとわざわざ聞こえる大きさでからかってくるのはさすがにやめてほしい。
「違います。リッカの家の居候で……つまりはその、孫みたいなそんな感じで」
アドリアは家族がいないため何とも言えないが、ずばり言うならこれだろう。しかしルイーダは目をすっと細めると違うみたいね、なーんだと不満げに言う。
「……話は逸れたけれど、わたしだって無理やり彼女を連れていきたいわけじゃないわ。彼女に大きな可能性を感じたし、それが彼女のためになると思うから誘ったまでよ?」
確かにリッカの才能はウォルロ村に留まるほど小さくはない。もっと大きな場所で、他の才能溢れる仲間と共に自分を高めあえることができたなら、彼女はもっと大きく飛躍するだろう。
「先代……黄金期の宿王ルドルフはとても素晴らしい才覚の持ち主だったのよ」
彼女の瞳は窓の向こうの闇色がかった澄んだ空に向かっており、目の前を見据えていた。
彼女も彼女なりに思うことがあってウォルロ村を訪ねてリッカに会いに来たはずだ。彼女もアドリアと同じくリッカのことを考えているとわかるし、彼女の宿屋に対する熱意は本物だった。
アドリアがむっつりと考えているとふいにルイーダがぽつりと言葉を漏らす。
「並み居るライバルを押し退けて、宿屋をどんどん大きくしていったわ! あのころは皆が触発しあって、学びあって、とてもよい流れだったの」
「リッカさんが来てくれたら、またセントシュタインの宿屋は活気を取り戻すと思うのよ。リッカさんのためにもきっとなるわ、だから」
「説得すればいいんですか、俺が」
アドリアがそう述べるとルイーダは目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いた。
「いいの? あなたはリッカのセントシュタイン行きに反対していたんじゃ」
「もちろんリッカが行きたいと言うならの話ですが、ルイーダさんの思いはわかるので」
リッカの未来はリッカが決めることだ。
ただその半生に少しばかり交わった程度でアドリアがリッカについてとやかく言うのはお門違いだが、それでもリッカの背中を押すことくらいはきっとできる。
人間は天使よりも人生が短い。だからこそ人間はその短い人生を必死で悔いのないよう生きるのだと師匠がかつて言っていた。
だからアドリアも、リッカができればそうあってほしいと願うことができる。
「ありがとう」
微かに微笑みを浮かべた彼女はしばらくそのまま静止すると、急に声を上げた。何だかデジャヴを感じるアドリアだったが、ルイーダが発した言葉は以前聞いたものとは違う響きを持っていた。
「あなた、名前は? 訊いてなかったわね」
これだけなんだかんだと話したのにも関わらず、名前も教えていなかったなんてと少しおかしくなったアドリアは目を細めれば、数百年前からずっと使い続けている名前を口にした。
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