帰還
ブルドーガの息の根を止めたことを確認するなり、アドリアはその場で大の字に転がる。吐く息はなんとなく鉄の味がするし、身体のあちこちがずきん、と痛む。病気には強い天使とて、怪我はそれ相応に答えるのだ。
「癒せ、ホイミ」
気休め程度に回復を唱えたものの、呪文を使うときに決まり文句を言うのがどうにも恥ずかしい。師匠によると上級魔法にでもなればもっと長くなるそうだ。
「ねえ、あなた」
アドリアの顔に影を落としたのは、ルイーダの頭だった。ルイーダは大の字のアドリアを上から見下ろしてクスクス笑っている。
「さっきはありがとう。足の瓦礫も、戦いのどさくさで抜けたし」
まだちょっとずきずきするけどー、とルイーダは瓦礫に挟まれていたほうの足のつま先で字面をとんとんとつついた。
「あなた見た目によらず結構強いのね」
「見た目によらず……」
一体彼女にはどう見えていたのか。
アドリアは苦笑いを浮かべたまま起き上がって、早くここを出ましょうと提案した。
「……ふー! 外の空気はいいわね。あんなジメジメしたとこはもううんざりよ」
足がずきずきする人間とは思えない元気さで遺跡を出るなり深呼吸し始めたルイーダは、しばらく息を吸ったり吐いたりを繰り返すと突然「あっ」と声を上げた。
「わたし、ウォルロ村に行かなきゃならないんだったわ! 悪いけどお先にね。アデュー!」
「アデュー」
アデューと叫んだ彼女は、これまた足がずきずきする人間とは思えない速さで走っていく。あの速さではモーモンも追いつけないだろうし、放っておいても平気だろう。
身体は戦いの疲れが抜けず怠いし重いしで、アドリアはゆっくり魔物の少ない道を選んで帰ることとなった。回復魔法は傷は癒せど疲れは癒せないのがキズだと感じる。
アドリアがウォルロ村に無事帰還できたのは、日が高く登った頃ののことだった。
「わたし、セントシュタインになんて行きませんから!」
アドリアはウォルロ村に戻って宿屋へ帰った矢先、リッカの大声と共に鼻先で扉が開き顔面にぶち当たるという悲劇に見舞われた。
「リッカ……?」
「アドリア! 彼女から聞いたわ。ひとりで遺跡に行ったんですって?」
リッカはドアノブを掴んだまましばらく呆然と鼻を赤くしたアドリアを見つめるも、 段々表情は曇り唇を噛み締め、アドリアから目を逸らした。
リッカはドアノブを掴んでいないほうの手で自身のエプロンを強く握る。
「……朝ごはんはとってあるから、うちに帰ってきたら着替えてね。傷の手当をするよ」
リッカはそう残すと脱兎のごとく駆け抜けていってしまった。アドリアは小さくなっていくリッカの背中を、ただ見ることしかできずにいた。
「あら、あなた」
「アデューのひと……?」
そんな中で素っ頓狂な声を掛けてきた女性は紛れもなく、遺跡で出会ったルイーダであった。
(てことは、リッカの言う彼女って)
「あなた、リッカの知り合いだったのね!」
思った通りというか何というか、ルイーダは足を長時間瓦礫に挟まれていたとは思えないほど元気な様子だった。むしろ、肌もつやつやして顔色もいいし、絶好調と言っても差し支えないだろう。
「えーっと、とりあえず中に入りましょ。お客さんもいらっしゃらないみたいだし、ここだと人目が多いわ」
小さな村に突然現れた女、という存在はこの狭い空間の中で光の速さで知れ渡ったようで、既に何人か物珍しげに宿屋の周りに集まっていた。
そしてアドリアは言わずもがな、にっこり微笑んだ。なんでこんなことになったのか、是が非でも説明していただきたい。
「そうですね。ゆっくり話しましょう」
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