凶大
「あなたがセントシュタインのルイーダさんですか?」
「そうよ、わたしがルイーダ。ウォルロ村に行こうとしてここの遺跡を通ったら、落ちてきた瓦礫に足を挟まれて動けなくなってしまったの」
女性もといルイーダはしなやかな柳の形をした眉をひそめた。足元には瓦礫が積み上がっているため、瓦礫が落ちた拍子に捻るなりぶつけるなりしたのかもしれない。
「どけます。少し痛いかもしれませんが」
「頼むわ。これ結構痛いのよ」
積み重なった瓦礫に手をかけたその刹那、大地が唸るかのような音と大きな揺れが襲い、崩れかけた天井からぱらりと破片が落ちてきた。
なんですかこれと問うまでもなく、ルイーダがアドリアの服の裾を強めに引っ張った。
「アイツよ! アイツから逃げようとして瓦礫に挟まれたの」
「アイツ……」
アドリアは2本しか持ち合わせていない両足でなんとか揺れをふんばりつつ、ルイーダの言う「アイツ」を探す……までもなかった。
「でかいですね」
「そうよ、でかいわよ。どこをどう見ても小さくは見えないわよね」
「アイツ」は樹齢ウン百年の木の幹のような足を2対もち、体全体が赤黒く背が緑の巨大生物であった。血走った目は久方ぶりの生身の人間ふたりに釘付けで、鼻息を荒くこちらに突進してくる。
「こっちだ!」
動けないルイーダも巻き込むわけにはいかないため、アドリアはわざとブルドーガを挑発するように叫び懐からあるものを取り出す。
ブルドーガはアドリアの思惑に気付かずその大きな図体をぶつけようと頭を下げるも、その瞬間べちゃ、という音ともにどこか生暖かいようなそうでないようなものがブルドーガの額あたりに付着する。
それが何かわかったブルドーガは今までの比にならないほど怒り狂い、執拗にアドリアを追いかけ回すようになった。
(……さすがに馬の糞投げつけるのはだめだったかな)
馬小屋の掃除を手伝ったとき貰った馬の糞がまさかこんなところで役に立つとは。
馬糞のみならず糞は畑の肥料になるから持って帰りなさいと包まれたのだが、本当に畑に撒いて良いものかと疑問だったため、思い切って投げてしまった。
このフロアにいるのは少なくともアドリアとルイーダ、そしてブルドーガ。ブルドーガがルイーダに興味を示したり、瓦礫を落としたりしてしまっては困るのだ。
そのためにはブルドーガの怒りの矛先をアドリアに向けさせ、怒りで行動範囲を狭める必要がある。その甲斐あってか恐らくブルドーガはルイーダに目もくれていないだろう。
「……ぐあ!」
突進してきたブルドーガの威力はすさまじく、アドリアはいとも簡単に弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。
ものすごく痛いし生理的な涙も滲んできたが、やめるわけにはいかない。自分が逃げてしまったら、動けないルイーダは確実に餌食になってしまうし、そうなるとリッカに顔向けできない。
(……それは困る!)
ずきずきと痛む身体のあちこちを庇いながらも素早く起き上がり、攻撃の直後で気の緩んだブルドーガに今度はこちらから攻撃を仕掛けた。
瓦礫に足をかけて高さをかさましし、ブルドーガの左目を狙い剣を振るう。
耳が痛くなるほどの鳴き声と溢れ出る鮮血を浴び、アドリアはもう1度、次はほかの部位と比べて柔らかい腹を突くように剣を振るった。
鳴き声も血液も枯れることはなかったがブルドーガの戦意は無きに等しくなり、その強大な図体は地に伏せた。
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