朽ちた遺跡
真夜中なためか昼間ニードと訪れたときより魔物が強く、アドリアも少々苦戦しつつもなんとかしてたどり着くことができた。
正直ニードにも着いてきて貰いたかったが、彼は現在進行形で説教中だ。
(残念だなあ。ああ見えて剣の筋はよかったのに)
遺跡には確実に近付いているはずだが、近付けば近付くほどに木が多くなり、魔物も強くなった。兵士の剣で目の前にある小枝をばさばさ切りつつ進むと、やっと遺跡の全体が見えてくる。
遺跡は汚れて朽ち果て、入口へ続くアーチも欠けており、ツタが巻きついている。周辺で息づく毒を持った池も合わせて大変居心地が悪い上に気味が悪い。
アドリアは兵士の剣わ構えたまま遺跡に突っ込んだものの、意外なことに魔物がうようよいると思われた遺跡内はとても静かで、外と比べれば損傷も少ない。
大概こういった建物は真っ直ぐ直進すればたどり着くことが多いため自らの直感に従うものの、奥に行けどもあるのは文章の書かれた石碑のみ。
(ここにヒントがあるとか?)
蜘蛛が張り付いている石碑に触れてみて、どこかにスイッチらしきものはないかと眺めたり、スライドすれば階段が出てくるのではないかと石碑を動かそうとしてみたりするも、手応えはなかった。
もう一度入口周辺も見てみるかと振り返ると、そこには先ほどまではなかったはずの淡い光がある。光はアドリアより少し小さく、中年の男性の姿をしていた。どことなく人の良さそうな顔をじっと見ていると、嫌でも彼が幽霊であることは理解できた。
どんな天使であろうと、天使は魂を視る事ができる。既に肉体を離れた魂を救うのも天使の勤めだからだ。彼も、この世に未練があるのだろう。
「あの」
こんな状況だが放っておくわけにはいかないと声をかけたアドリアだったが、男性はそ
の声に反応すると背を向けてすすす、と去ってしまう。
「ちょっと」
明らかにこちらを認識しているはずなのに、男性は頑としてアドリアのほうを見ようとはしなかった。
すいすいとアドリアの腕の中を掻い潜る男性を追いかけているうち、側の通路の奥に置かれていた一体の像に辿りついてしまった。
「……の、後ろ……」
男性は立ち止まるとそうボソボソと呟き、すっと消えた。
「の、後ろ? 像の後ろってことかな」
アドリアが早速像の後ろを確認すると、なんと像の首の裏にスイッチらしきものが取り付けられている。
押しますか、と頭の中で響くがもちろん押さない選択肢はなく、アドリアは迷わずそれを押した。
するとどこからか重たい石が擦れ合うような、耳に障る音が聞こえてくる。
思いあたる石なんてあれしかない。
アドリアが消えた彼にお礼を言うも、すでにそこには乾いた空気しかありはしなかった。
小走りで音のした方向につくと、先程までアドリアの行く手を阻んでいた石碑が横に退いて奥に通路ができている。
アドリアが新たに開けた通路に足を踏み込むと、足のあたりに微かな違和感を感じる。足もとに積もった塵は層をつくり、天界から支給されたブーツを見る限りに汚していった。
(話には聞いていたけど、ここは特に人が入った気配がないな)
伸びきった蔦が遺跡の中にまで侵入し、壁には先の地震でできたのかそれともそれ以前のものなのかもわからない穴が空いている。どこかのお転婆姫でさえここまで派手には破壊しないだろうと思うほどに、遺跡は荒れきっていた。
そんな中行き当たりばったりに探索していると、特に崩壊の酷い空間に入る。しかももうひとり幽霊らしきものもおり、アドリアは頭を抱えそうになる。
それは長い青髪を後ろで一本結びにした大人の女性で、瓦礫が特に落ちているところに座り込んでいた。
(……あれ?)
見れば見るほど女性は生身の人間にしか見えない。鮮やかな髪色といいみずみずしい肌といい、完全に生きとし生けるもののそれだ。
悶々と眺めていると女性が勢いよく振り返り、アドリアを見たそばから目をまるくした。
「あら、びっくり。こんなところでひとに会うものなのね」
(……やっぱり)
彼女は生きているらしい。そしてきっと。
そしてきっと、彼女は謎の貴婦人ルイーダで間違いなかった。
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