大切なのはそれだけ
満ちているとも欠けているとも言い難い月。
昔はもっと間近で見ていたはずなのに、どこをどう間違えたのか。
アドリアはリッカに与えられた小さな部屋で、ベッドに腰掛け腕を組みつつそんなことを考えるが、生産性のない考えは何も産まないため早々に切り上げる。
うだうだ言いつつ重い腰を上げたアドリアは迷いのない足取りで小部屋に備え付けられた窓のふちを掴むと、身を乗り出して下を見下ろした。
天使と言うには無理のありすぎる天使、アドリアは、只今脱走中である。
「よせっ、とぉ、おわっ」
天使ということで人間より身体は強い造りをしているものの、やはり二階から飛び降りるのは気が引ける。
アドリアは自身のベッドのシーツをひも状にすると玉留めで繋ぎ合わせ長い綱にし、ひも先の片方はベッドの足に括りつけ反対は自分の腕に巻き付けた。
(高いところから降りるときは、こうするって聞いたけど)
それを教えてきた人間でさえ、実際にやったことはないだろう。
慎重に窓枠によじ登ると再度綱を握り直す。多少足を滑らせても精々顎を打ち付けるくらいで、大した怪我にはならないはずだ。
綱を頼りに外壁に爪先を這わせ、微かな凹凸を見つけては足を引っ掛けていく。数回繰り返すうちに、軽く足を乗せるくらいなら問題なさそうな出っ張りを見つけて身体を安定させることができた。
それをこなしたら、その出っ張りを頼りにまた同じことを繰り返す。
そんなことを繰り返すうちに、アドリアはしっかりとした地面を踏みしめることができたのだった。
自分自身ものぐさであることは重々理解しているものの、宿主であるリッカの心中を考えてみると出ないわけにはいかない。リッカの作る夕食はとても美味しく、温かかった。ささやかではあるものの、彼女の心配ごとを減らせるのなら魔物の巣窟でも何のそのだと自分を奮い立たせる。
ひとの気配を伺いつつ、アドリアは買ったばかりの兵士の剣を携えてウォルロ村を出発日したのだった。
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