謎の貴婦人
ふたりは日の沈む前になんとかウォルロ村に帰りつきそのまま村長の家もといニードの家に直行したのであったが、家に入るなり村長は机を挟んだところにニードとアドリアを並べると厳しい顔をしたままニードを見て、何回か質問しため息をついた。
「……峠の瓦礫はセントシュタインご片付けてくれるのだな」
「そうだぜ! 俺とアドリアが行かなきゃわかんなかったんだ」
「何を得意気にしておるのだ! バカもんが!」
先程までの冷静さは嵐の前の静けさというところか。村長の家がグラグラと揺れる錯覚するほどの大きい怒声は、恐らく村じゅうに響き渡ったことだろう。
「瓦礫がセントシュタインによって片付けられることは、お前達が行かずとも自ずとわかったこと。それなのにお前達は地震で魔物が強力になっている村の外にふらふらと出ていきおって」
「だ、だってよぉ」
もっともな村長の言葉にぐうの音も出ない様子のニードを横目で見てアドリアは神妙な顔をしてその場をやり過ごそうと決めることにしたのだが、そう決意した瞬間にニードが「アドリアだってあれは役に立ったって思うよな、なっ」などと話を振ってきたためアドリアはしどろもどろになりながら、はあ、と音のような声を捻り出した。
「ですが、何も収穫がなかったわけではありません。セントシュタインの兵士からの話だとルイーダという貴婦人がこの村に向かうためキサゴナ遺跡に入ったと言うのです」
アドリアは先程の兵士の言葉思い出して村長に問うてみるも、村長はルイーダの名前を反芻して頷くだけで心当たりはないらしい。
「ちょっと、その話本当なの!?」
そんな中不意に響いてきたのは、アドリアもニードもよく知る彼女の声だった。
彼女ーーリッカはいつもの穏やかな姿勢を崩し目を見開いてアドリア達を見ていた。アドリアはもちろんニードも村長もなぜリッカがこの話に食いつくのかはわからないため、きょとんとした様子でリッカを見ている。
そこで口を開いたのは、ニードである。
「おまえ、なんでここに……」
「それは、あなたがアドリアを村の外に連れ出したりするからでしょう!」
リッカはじと、とニードを一瞥して声を張る。ニードはその剣幕に肩をびくりと震わせてふてくされたようにそっぽを向くも、リッカは何処かハッとした表情になる。
「リッカ……お前は、そのルイーダという貴婦人に心当たりがあるのかね?」
村長はニードとアドリアを叱っていたときとは打って変わり優しげに問う。
「はい……。村長は私が小さい頃にセントシュタインに居たことを知っていらっしゃいますよね。確かそこで父の知り合いにルイーダという女性がいた気がするんです」
「ほう……父君の」
リッカとは数週間寝食を共にしていたが、セントシュタインの生まれとは初めて聞いた。ニードも同じだったようで、目をまるくした。
「もしかしたら、父が亡くなったことを知らずに会いに来ようとしているのかも……」
「しかしキサゴナ遺跡はウォルロ村周辺とは桁違いに危険だし、捜しに行くのは容易ではないな」
その話は充分有り得る話だとアドリアも思うが、やはり村長の意見も正しい。
村長は何度目か知れないため息をつくと、リッカとアドリアに家へ帰るよう諭した。
「そのルイーダという女性も単身で遺跡に乗り込むくらいなのだから腕っ節には自身があるのだろうし、ここで心配していても何にもならん。今日のところはアドリアを連れて帰りなさい」
その言葉を聞いて一番嬉しそうにしたのはリッカやアドリアを差し置いたニードだったのだが、その後付け加えられた「お前はこれから説教だ」という言葉により一気に肩を落とした。
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