ひとすじの光は
「何なんだよ、これ……。こんなの俺らふたりだけじゃどうにもできねえじゃねえかよ」
「……うん」
目の前に広がるは、文字通り山のように積み上がった瓦礫。それをぽかー、と間の抜けた表情で眺めるニードとアドリア。
(絶対にこんなのふたりの力じゃどけることすらできないでしょ、これ)
あっさりどけられるとも思っていなかったが、ここまでがっつり埋まっているとは想定外だった。この瓦礫がどけない限りは他の街に行けないため天使界へ戻る手段を見つけるのも先延ばしになるだろう。先程最有力候補の天の箱舟を見つけたものの扉すら開かないし、いよいよ先が見えなくなってきた。
そんなアドリアの横で瓦礫の山を見たニードはすっかりヘソを曲げてしまい、足元に転がる瓦礫の欠片を蹴っ飛ばしながらぶつくさ文句を繰り返している。
「ったくよぉ。見事峠を開通して親父やリッカを見返してやろうと思ったのに」
「おーい! そこに誰かいるのか? 」
不意に聞こえた男の声は明らかに瓦礫の向こう側から聞こえてきた。
「お、おーい! いるぞ! ウォルロ村一番のイケメン、ニードさまはここだぞ!」
急に瞳の輝きを取り戻したニードは瓦礫に近寄りながら大声で呼びかけに答えるが、自分のことをわざわざイケメンと言うのは相当勇気の要ることだとアドリアは思った。
「瓦礫をどけようと思ってここまで来たのですが思った以上に被害が酷くて」
アドリアも負けじと叫ぶと、向こう側から先程とは違う男の声が聞こえた。
「なんと、ウォルロ村の方か! 我々はセントシュタインの兵士だ! 土砂は我々で取り除くから、数日したら通れるようになると村の人々に伝えてはくれないか!」
なんと土砂はお国が片付けてくれるらしい。
周りより少々ものぐさなアドリアにとっては願ったり叶ったりなことであったが、土砂を片付けて父親やリッカを驚かせると息巻いていたニードは少々不服そうだった。
村一番のイケメン発言は見事にスルーしたセントシュタインの兵士は、さらに声を張り上げた。
「そしてもうひとつ訊ねたいことがあるのだが、そちらにルイーダという名の女性はいないだろうか」
「ルイーダぁ? 聞いたことねーな」
「俺も、その女性のことは知りません」
ウォルロ村に訪れて日の浅いアドリアがルイーダという女性を知らないのは当然だが、生まれからずっとウォルロ村で暮らしているニードでさえ知らないということは、その女性は本当にウォルロ村には訪れていないようだった。
「大地震が起こる前にそちらへ向かったようなのだが、キサゴナ遺跡に入ったあとから消息が知れんのだ」
「わかった! もしそのルイーダとかいうのが村にやってきたら連絡してやるよ」
キサゴナ遺跡。ウォルロ村周辺の魔物よりもいくらか強力な魔物が出現する遺跡だとアドリアは聞いていた。昔は王都セントシュタインから外れにあるウォルロ村への近道だったようだが、いつしか魔物が棲みついて人間は近寄らなくなったらしい。人が通らなくなったから魔物が棲みついたのか、魔物が棲み着いたから人が通らなくなったのかは定かではないが。
そんな危険な場所にルイーダという女性はひとりきりで乗り込んでいったようだ。心意気はものすごく尊敬するが、土砂が片付くのを待って峠から行くとか護衛をつけるとか考えなかったのだろうか。それだけ急ぎの用だったということか。
「なーんだ、セントシュタインが片付けてくれるってんなら俺らはお役御免だぜ。早く村に帰ってこのこと伝えようぜ」
気がつけば日が傾き空に赤みがさしてきて、ニードはアドリアに早く帰るように急かしてきた。アドリアも相違なかったため頷くと、ふたりはさっさと帰路について小走りでウォルロ村に向かった。
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