目指せ、峠
「よっと!」
買ったばかりの兵士の剣で目の前のモーモンを叩き斬る。
買ったばかりだけあり刃こぼれもなく、自身の身のこなしも以前と変わらないもので少々安堵した。
「うぉ、おぉ! おあっ! 」
一方ニードは銅の剣片手にふらふらとズッキーニャから逃げ、近づいてきたところを剣ではらうと偶然クリーンヒットしている。
「ニード、結構いけるじゃない」
「……だろ? ダテに、村長、の、息子は、名乗ってない、からな」
ぜえはあと吐息混じりの返答ではあったが、今すぐ倒れそうな様子でもない。
峠行きを約束したアドリアは服を着たあと道具屋へ直行し、積もり積もったゴールドで兵士の剣を購入した。防具も購入したかったが、ゴールドの事情で諦めた。
「おまえ、旅慣れてそうだから誘ったけど戦い慣れてるな」
「そうかな」
天使であれども地上を護るため戦闘の訓練は受けている。なかでも師のイザヤールは文武両道であったため、アドリアもその背中を追いかけて必死に練習してきた。よもやこんなところで役に立つとは。
「そういえば、おまえ歳は?」
そういや聞いたことねえよな、とニードがじっとアドリアを見る。
年齢など1ミリたりとも考えていなかったアドリアは口ごもるが、最終手段として「あの手」を使うことにする。
「……幾つに見える?」
天使は人間より寿命が相当長い上に時の流れも緩やかだ。アドリアとて年齢は三桁に達している。時折自身の実年齢を人間の年齢に換算する天使もいるが、七面倒臭いことは嫌いなアドリアはそのようなことはしたことがなかった。
ニードはわざとらしく目を凝らしてアドリアを上から下まで眺め回す。
「20……いや、17、8くらいか」
「そんなとこだよ」
「んで、正解は?」
「そんな野暮なこと聞かないでね。ちょっとくらいミステリアスなほうが夢あるでしょ」
「おまえつくづく変人だよな……」
なんとかかんとか誤魔化すことに成功したアドリアはニードと共に峠に向かう。最中まだらぐもいとなるものを収集し、ズッキーニャやらスライムやらを倒しながら峠に到着する。
峠というだけあり土壁が道をつくっており崩れたらそのぶん厄介そうだった。
(本当にこれふたりでどうにかできるのか)
アドリアはそんなことを思いつつ満身創痍なニードと峠の奥に進んでいくが、アドリアはそこで予想外すぎるものを見つけた。
「……天の箱舟」
「それ」はアドリアが見慣れた金の輝きを失い死んだように地べたに転がっている。形からして箱舟の先頭部分かと思われるが、その後ろに続くであろう車両はなかった。
「何見てんだ? 木が倒れてるだけでそんな面白いかよ」
目的地にたどり着いたことで少し調子を取り戻したニードが不思議そうにアドリアを見つめるが、最早アドリアはそれどころではない。
アドリアはニードに「ごめん、先に行ってて」と短く告げニードが去るのを見送れば、天の箱舟に近寄り、手で触れる。
(これはニードには見えていなかったのに、俺は見えるし触れることだってできる。これはきっと恐らく)
間違いなく、天の箱舟だ。
これで天界へ行けると膨れ上がった期待に後押しされるがまま扉の取手を掴み押したり引いたりスライドさせたりしようとするも、まったくびくともしない。
アドリアとてこのまま無事に箱舟に乗車し天界へ行けるとは思っていなかったが、一度手に届きそうになった目標が再び遠ざかって絶望しか見えない。
(マジでか……)
アドリアはその場でうっかり頭を抱えそうになるも、ニードの「おい! 早く来いよー」に引き戻されてよろよろと名残惜しげに天の箱舟から離れた。ここで長居してニードに不審がられるわけにもいかない。
今度調べにまた来ようと決意するアドリアだったが、その背後でふわりふわりと浮かぶ小さな光には気づかなかった。
「もしかしてこの箱舟見えてたカンジ……? アイツ一体何者?」
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