白金の羽 | ナノ

提案




  それから数回太陽と月が交互に空に上った頃、アドリアは未だリッカの家にいた。

  なぜか上半身裸で自身と同じなりをした老人と共に、濡れてもいない手拭いでしきりに体を擦っている。

  「おじいちゃん、もっと擦ってください。たぶん摩擦熱で熱くなるはずです」

  「そうかね、どれ」

   フンッ、とリッカの祖父が手拭いを自身の裸の上半身に力いっぱい擦り付ける。これは「かんぷーまさつ」というもので、天使界にいた頃はちょっとしたブームになっていた。天使は人間の比にならないほどに身体は強いのだが、それでもより健康でいたいという一部の天使が好んで行っていた。

  かく言うアドリアは、やったことはないけれど。

  おじいさんがお手軽な健康法を求めて異邦人のアドリアに訊ねてきたため、アドリアが「かんぷーまさつ」を薦めたところ、今すぐ試したいということで現在ふたりで「かんぷーまさつ」を実践している。


   「ちょっとふたりとも!   なに脱いでるのよ!」


  ……リッカに発見されるまでは。


  「上半身裸でなにしてるかと思えば……アドリア。あなたにお客さんが来てるよ」




  驚き桃木。アドリアの客人とは、村長の息子のニードであった。

  いつもの二割増くらいには人相の悪いニードは、リッカと共に家から出てきたアドリアを若干値踏みするような目で上から下まで眺めたあと、リッカの顔を伺うような仕草をする。

  「よし、これなら……」

  とニードが言いかけた矢先に。

  「あーっと、ニー……ド、ト?   ド。いったいどうしたのかな?」

  「言い直さなくて良いんだよ!   ドかトで迷うな!」

  一瞬の静寂ののち。

  「ゴ、ゴホン。アドリア、今日はおまえに頼みがあってはるばる来たんだ」

  「……頼みって?   何かにつけてまた絡むつもりじゃ」

  頼み、と聞いてリッカがきりりと眉をつる。それを見たニードはしどろもどろに、

  「ち、ちげーよ!   俺はただコイツに頼みがあるだけで……」

   「で、頼みって?   できることならするけど」

   一応守護天使といえど、今はウォルロ村に住まわせて貰っている身である。その長である村長の息子のニードの頼みであれば、ヘソで茶を沸かせだのと無茶なことを言われない限りは協力したい。
  アドリアは一旦リッカに席を外してもらったあと、少しばかり素直になったニードに詳しい話を聞いた。

  「ほら、おまえも聞いてるだろ?   こことセントシュタインを繋ぐ峠が土砂崩れで通れないって。だから現状を確認するため峠まで俺と来て欲しいんだ。この村の若い男は俺とマルコとおまえくらいしかいないし、マルコは村の入口を守る義務がある」

  「ーーそれに旅慣れた旅芸人であるアドリアなら魔物とも結構やり合えるだろ?   頼むよ」

  「おかげでリッカ……村の皆もメーワクしてんだ」はとりあえず流しておくことにして、言っていることは合っているし、断る理由もない。


  答えはひとつだ。



  「俺は構わないよ。いつ出る?」

  「いやその前に上着ろよ」

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